水平線上の後悔−1


春高予選後、12月
本誌バレ注意



「今度の月曜空けとけ」と言われて二つ返事で頷いたのは、部活を引退した先輩であり、恋人である岩泉の言葉だったからだった。
青城レギュラーの間では、マネージャーの伊吹と岩泉が付き合っているのは知られていて、ことあるごとに微笑ましい目で見られていた。

その青城は、先の春高予選において烏野高校に惜敗し、全国行きを逃した。3年は引退し、部活は部員が減ったことで少し活気もなくなっていた。それが単なる数の話ではないことは全員よく理解していて、だからこそ抜けた穴を意識しないようにしていた。

特に、主将の及川は遠くアルゼンチンに行くらしく、気軽に会えるような相手ではなくなる。その準備で部活に顔を出すこともほとんどなく、最も騒がしく最も力強く引っ張ってくれた存在がいないことは、あとを継いだ2年に重くのし掛かっていた。

そんな中で、岩泉は春高に前後して決めていた県内の大学への入学準備も一通り終えて時間ができたらしい。素っ気ないメッセージアプリの文面ではあったが、恋人としての時間を過ごそうと提案してくれていた。部活のない月曜、断るわけもなく承諾すれば、「車出すから家で待ってろ」とのことだった。

引退してから岩泉は免許を取りに教習所に通い始めていたが、なんだかそういうのが得意そうなイメージに違わず、最短で普通免許を取ってみせた。家の車を乗り回しているそうで、今回はドライブデートにするらしい。
免許を取って車に乗っている、それは大人の象徴のようであり、岩泉がもう卒業してしまうのだということを感じさせ、少し、遠く感じるような気がした。


***


月曜日、学校を終えて帰ってきてから、ジーンズとシャツにトレンチコートという私服に着替えると、ほぼ同時にメッセージアプリにアパートの前にいると連絡が来た。すぐに財布などを持って出れば、アパートの前には軽自動車が止まっていた。田舎あるあるの、車高が高く便利な軽自動車だ。よく、大型スーパーの駐車場で自分のものがどれか分からなくなる。ヨー○ベニマルの駐車場で自分の軽をすぐに見付けられるようになれば立派な東北人だと思っている。

黒い軽自動車に駆け寄ると、窓が開いて中から精悍な顔が現れる。


「よっ、」

「お疲れ様です、すんません、来てもらってしまって」

「車乗る口実探してんのは俺だしな。ほら、助手席乗れ」


後輩の癖で謝ってしまうが、岩泉は恋人の表情で笑う。来たかっただけだと言う姿にドキリとしながら、伊吹は助手席に入る。
岩泉はカーゴパンツにパーカー、デニムジャケットという格好だった。見慣れない私服姿とハンドルに腕を預ける慣れた姿勢は、一気に岩泉を大人っぽく見せていた。
とりあえず話題を振ろうと、自然なことを聞いてみる。


「……どこ行くんすか?」

「んー、腹減ってっか?」

「普通、すかね。食うとなったら食えます」

「了解。じゃ、塩竃(しおがま)の方行くぞ」

「へ、塩竃、すか」


意外な目的地に驚きながらシートベルトを締める。特になにがあるというわけでもない漁港だ。もともと青城は仙台市の中心部にある、行き先も市内だと思っていた。


「バチバチに美味え寿司屋があんだ」

「寿司……え、でも金、」

「俺が行きてえだけだから気にすんな」

「や、でも、」


さすがに寿司は、と思って食い下がるが、岩泉はぽん、と伊吹の頭を撫でる。その横顔を覗き見ると、岩泉は優しげに笑っていた。


「彼氏面、させてくんね?」

「っ、そんなん、ずりぃ……」

「はは、わりぃな」


悪びれずに言うと、岩泉はハンドルを握る。岩泉からお願いされて断れるわけもなく、伊吹は頷くしかない。
そうして車はスムーズに動き出す。最新の車種でもないのにこれほど加速が自然なのは、ひとえに岩泉のセンスだろう。
国道に向かいながら、流れ始めた知らないアーティストをぼんやりと聴いた。



prev next
back
表紙に戻る