目に見えずとも−1


本誌ネタバレ注意(2019年12月23日)

白鳥沢との激闘を終え、烏野高校は春高本戦への出場を決めた。
短い秋が駆け足で終わり、東北にはもう冬の空気が北から降りてくる。空気は冷たくなり、朝晩は底冷えするような季節だ。やがて昼間も同じような寒さとなるだろう。

本戦までの間、県代表はひたすら練習に励み、敗退した高校では3年が引退していく。烏野は引き続き3年が残って最後の追い込みに入り、影山はユース合宿へ、日向はなぜか白鳥沢主催の県内合同1年合宿に飛び込み参加した。
日向はすでにしこたま怒られた後のため、今は変人コンビと月島のいない練習が淡々と続いている。

ただ、主力の攻撃手段とブロックの要が欠けた状態での練習は、どちらかといえば個人の実力の強化がメインとなっていた。毎日練習があるため、このまるで空白のような期間は、1年たちが戻ってきてからの本格的な練習に備えるチャンスでもあった。


伊吹は昼休みに3年のフロアにやってきた。どんよりと曇った冬空が窓の外に広がる日で、受験シーズンということもあって3年フロアは静かだった。2学期が終われば3年のほとんどが登校しなくなるため、もっと静かになるだろう。
澤村の教室を後ろの扉から覗くと、ルーズリーフにシャーペンを走らせる大きな背中が見えた。声をかけるのも中に入っていくのも憚られたが、澤村の前にいた菅原が気付いて「よっ」と声をかけてくれた。
澤村もこちらを振り向いて顔を綻ばせる。


「伊吹か、」


澤村は周りに配慮したのか、自分から席を立って伊吹のところへ来ると、廊下へ連れ出す。
廊下の窓に寄り掛かって二人並ぶと、伊吹は口を開いた。


「1年3人が戻ってきて本格的な練習になる前に、備品をまとめて買おうと思うんですけど」

「あぁ、なるほどな。確かに」

「なんで、明日ちょっと放課後に行ってきます。部活前半は休むんですけどいいですか」

「一人で行くのか?」

「はい、近くのヨークベニ○ルでいっかなって」

「武田先生に車出してもらわないのか?」

「テスト期間近いんで、手ェ煩わせたくねぇんすよ」


伊吹が歩いて買い出しに行くことを考えていると伝えると、澤村は手を顎に当てて考える。ただでさえ武田には時間を部活に割いてもらってしまっている。期末テストの準備や3年の受験のフォローなど、仕事は多い。
ヨークベ○マルまでは烏野高校から歩いて20分ちょっとかかるが、今やってしまいたかった。


「……よし、それなら俺も行こう」

「…えっ、や、なに言ってんすか、主将が買い出しとか」

「伊吹が言うとおり今やるべきだし、武田先生や、指導役の烏養さんに時間取らせるわけにもいかないだろ?」

「だからって、」


食い下がろうとした伊吹の言葉を遮って、澤村は伊吹の頬に指を滑らせた。その触れ方は主将のそれではない。息を詰めた伊吹に、澤村は、″恋人″の顔で笑った。


「春高と受験終わるまでは、たぶん二人きりで出掛けるなんてできないだろ。たまには、恋人の時間作るくらいの我が儘あったってよくないか?」

「な…っ、」


そう、二人は実は交際関係にある。誰にも言っていない上に、付き合う前から澤村は異常なほど伊吹と距離感が近かったため、周りは気付いていない。外堀を埋めるとはまさにこのことだ。
それでも澤村は、というか二人は、恋人としての立場を部活より優先させたことはなかった。主将とマネージャーであることもそうだし、単に二人がバレー部を大事にしているからでもある。

そんな澤村が″我が儘″を言ったのは、もう、勝っても負けても数カ月で部活からも学校からもいなくなるからだ。
意識しないようにしていることを突き付けられたようで、伊吹は拒否することもできず、「お願いしぁす、」としか返せなかった。



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