目に見えずとも−2
伊吹と澤村は、翌日の授業後に早速買い出しに行くことになった。烏養と武田の許可を取り、菅原に指示を頼み、メッセージアプリのグループトークで一言告げてから昇降口で待ち合わせた。澤村のポストに対して、田中や西谷が「俺が行きますよ!」とすかさず返信したが、菅原の「察しろアホ」というコメントで納得していた。
これは薄々勘付かれているかもしれないな、と思いつつ、伊吹は下駄箱に寄り掛かって眺めていたスマホを鞄に仕舞う。バレていたとしても問題はないし、恐らく他のメンバーもそう思っているだろう。互いに信頼しているのだ。
そこへ、澤村が階段を降りてから駆け寄ってきた。
「わり、待たせた」
「や、俺もさっき来たとこなんで」
伊吹はそう返してから、なんだかデートの待ち合わせのようでおかしくなる。
「なんか、デートみてぇっすね、ウケる」
「ん?デートだろ?」
「えっ、」
しかし澤村は何でもないようにそう言って自分のクラスの下駄箱に向かおうとする。驚いた伊吹の気配に気付いたのか、澤村はニッと男前な笑みを浮かべた。
「デートなんだから、ちゃんと名前で呼べよ、伊吹」
「…っ、分かりました……大地さん、」
「いい子いい子」
澤村は笑うと伊吹の頭をぽんぽんと撫でてから上履きを履き替える。伊吹も下足に履き替えようとその場を離れつつ、男前すぎる澤村の挙動で赤くなった顔をなんとかしようと冷たい手で顔を挟む。
澤村と二人というのは、メンタル的な意味では失敗だったかもしれない。だが、こうして二人の時間を大事にしてくれようとしているのが嬉しいのもまた事実だった。
そうして昇降口を出ると、珍しく制服姿で放課後に二人きりとなる。いつも部活後のため、この時間に制服で歩いているのが新鮮だった。
校門を出て坂道を下る。葉が散った木の枝が深い青空に黒く映えている。キンと張り詰めたような底冷えの空気は清潔な感じがして、吐いた息が白く漂う寒々しい光景でも肯定的に感じられた。それもこれも、隣を歩くのが澤村だからだろう。
「買う物はリストにしてあるんだよな」
「あ、はい、清水さんと谷地に確認して決めました。他になんかあります?」
メモを渡すと、澤村はざっと見てから「これで十分なんじゃないか?」と返してくる。
「雑……」
「こういうのはマネージャー3人がしっかりしてるから任せきりにできるしな。特に伊吹は選手目線になれっから、万全な体制だろ」
「まぁ……」
手放しで褒められるとどうすればいいのか分からなくなるのは相変わらずだ。澤村もそれは分かっていて、苦笑して頭を撫でてくる。
付き合う前から澤村はよくこうして頭を撫でてきていたため、もはや呼吸のようなものだ。
「大地さん、」
「ん?」
「……俺、嬉しかったんすよ、二人で行こうって言ってくれて」
「…知ってるよ。俺が知ってるって分かってても、ちゃんと言葉にしようとする伊吹の真っ直ぐなところが好きだ」
「っ、そういうの、いきなり言わないでください……!」
「はは、じゃあ事前に予告しようか?」
「…、はぁ…」
不意打ちで言って来た澤村に心臓がぎゅっとなる。とはいえいきなり言葉にしたのも伊吹のため、あまり強く言えない。それに、いきなりだろうとそうでなかろうと言葉は言葉だ、予告されても意味がない。
だから、照れ隠しを兼ねて伊吹はポケットに手を突っ込んだまま柄も悪くドス、と澤村に後ろから肩をぶつけた。
澤村は軽く笑うと、伊吹の肩を自然に抱いてくる。「なにしてんすか」と低く言っても気にした素振りもなく、伊吹は何をしても勝てない先輩にして恋人に降参の溜息をついた。