目に見えずとも−4


「…まっ、太らないけどな。俺、警察官になるし」

「……へ、警察、すか」

「おう。専門で一年制のコース通ってから警察官Bっていう枠で受ける予定なんだ」


警察官は警察庁に勤めるキャリアと都道府県警察に勤めるノンキャリアに分かれる。ノンキャリアはさらに、試験が大卒レベルのI類、短大卒レベルのII類、そして高卒レベルのIII類に分かれる。宮城県では、I類を警察官A、他を警察官Bと区分して試験を実施し、男性は宮城県以外に警視庁(東京)、神奈川県警、静岡県警などから第二志望を選べる。
四年制大学を出ないと警察官Aは受けられないが、早くに警察官Bとして職務に就くと大卒よりも先輩として場合によっては昇進が早くなるのだそうだ。それだけ経験が重視される。

澤村は卒業後、警察官コースがある専門学校の一年制のコースに進学し、早々に試験を受けて警察学校に進み、20歳の暮れには警察官として就任という進路を描いていた。


「じゃあ、お巡りさんってやつっすね」

「最初はな。数年でジョブローテがある」

「……確かに、それなら運動しまくりですね」

「B枠は特にな」


澤村が警察官というのはよく似合っている気がして、とてもしっくりきた。それにしてもかなり詳細にキャリアパスがあるのだな、と感心した。


「やっぱすげえっすね、そこまで考えてんの」

「警察になるって決めれば、道は限られてるからなぁ」


見ているものも、目の前にあるものも、自分とはまったく違う。一気に大人の世界へ出ようとしている姿に、伊吹は埋まらない差を突き付けられた。
つい溜息をつくと、肉まんを食べて体温が上がっていたからか、吐いた息がまた白く漂った。言葉にできない、してはいけないような感情が、そのまま形になって見えるのならどんなに楽だろう。伊吹にとって、気持ちを伝えることは簡単なことではなくて、相手を気に病ませてしまうかもしれない身勝手な感情なら尚更言えなかった。でもそれが白い吐息のように目に見えればいいのに、と思ってしまう。


「専門学校は仙台駅前だから来年はそこそこ会えるけど、再来年は警察学校の寮だから会いにくくなる。交番勤務はシフト制だからさらに会いにくいな、非番でも呼び出しとかあるし」

「……、」

「寮出たら県内のどこ配属か分からないから、独り暮らしになると思うんだけど、もし伊吹が県内の大学に行くなら一緒に暮らす場所探そう」

「えっ……」


突然の言葉に驚いて、下がっていた視線を上げると、澤村は食べ終わった紙くずをゴミ箱に捨てていた。


「まだ分からないことも、思ってたのと違ったってことも、たくさんあると思う。でも、どんなときであっても、俺の人生はこの先、伊吹と一緒だってのを前提にしてる」

「俺と、一緒、」

「そ。もう伊吹は、俺の人生の一部なんだ。だから、不安にならなくていいし、怖がらなくていい」


先ほどとは違い、優しく撫でられる。髪から頬をすべり、親指が唇をそっとなぞる。至近距離に迫った男前の瞳には、底なしの優しさが湛えられていた。


「今感じてる不安も恐怖も、今しか味わえない。お互いままならない子どもだから確かなことなんて何もないけど、だからこそできないこともないんだ」


確かなことがないからこそ、縛られることもない。その言葉は伊吹にもストンと落ちた。
同時に、今まで抱えていた不安や恐怖が、今を大事だと感じさせてくれる優しいものに変わった。そして、それはこれからの未来をつくる原動力になるのだと理解した。


「……なんでも、お見通しなんすね」

「当たり前だろ。目に見えなくても分かることなんてたくさんある。だから、好きになったんだ」


その言葉に込み上げるものがあって、慌てて伊吹は澤村の肩に凭れて顔を埋めた。澤村は苦笑して後頭部を撫でつける。


「俺も、好きです」

「知ってるよ」


伊吹の言葉とともに小さく冬の空気に散った吐息は、きっと、愛の形をしていた。



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