信じる覚悟−1
インターハイが終わり、伊吹を除く三年生が引退してから数か月、今度は春高が終わった。やはり代替わり直後のメンバーではかみ合わなかった部分も多く、青葉城西の前に敗れて予選敗退となった。どちらかといえば、青葉城西に対してあそこまで攻められたのは次年度への期待に繋がる。
あとは、夏に嚙合わせることができなかった部分を中心により鉄壁を洗練させ、サーブで崩してドシャットで点を取るという基本形を強固なものにし、さらにそれを柔軟かつ迅速に組み立てるようにするだけだ。
だけ、と言ってもそれが一番難しいわけだが。
マネージャーとして、代替わり直後の二口率いるチームを支えることが伊吹の役目だった以上、こうして春高予選も終わって完全に落ち着いたら、一年と二年だけで練習に励むことも大事だと伊吹は思っていた。
それを監督である追分に言ったところ、「先に二口と滑津に言ってこい」と言われ、それもそうかと伊吹は素直に従って部活後の部室に戻った。
秋も深くなった部活後は日が暮れるのも早く、学校の外に吹き付ける風は東北らしくすでに冷たい。そんな夕暮れの部室に戻り、二口を呼び、事前に呼んでおいた滑津と部室の扉の前に立つ。部室棟の廊下はこの時間ともなると騒がしく、部活がそれほど盛んではない工業高校ながら伊達工業はそれなりに活発な声が満ちていた。
このくらいの騒がしさなら部室内に聞こえることはないだろうと、伊吹は二口と滑津を前に口を開いた。
「話ってのは、俺の引退の話なんだけど」
「やっぱり」
すぐに二口はそう返した。やはり春高直後にこうして改まった場を設けられれば話はそうなるに決まっている。
「…まぁ、お察しの通りだけど、春高も終わっていよいよお前らも次年度の伊達工としてフル稼働するだろ、だから俺が引退するタイミングとしては今がベストだと思ったんだけど」
「俺らが負けたから辞めるんスよね」
滑津は黙って持っていた自身のジャージの上着をぎゅっと胸元で掴み、二口は暗い口調で言った。あらぬ誤解をされている、と伊吹は咄嗟に「ちげぇ」と返した。
「ちょうどいいタイミングってだけで、負けたからじゃねぇ」
「ってことは、勝ち進んで全国出てたら、1月まで辞めなかったんスよね」
「まぁ、そうなる」
「それなら1月まで残ってても問題なくねっスか」
「問題はねぇけど…けじめっつーか、」
二口は食い気味にどんどん畳みかけてくる。それに伊吹も答えるが、次第に返しづらくなってきた。確かに問題があるわけではないため、単なる区切りでしかないのだ。
ふわっとしたところでしか返せないことを目ざとく見抜いたのか、二口は「やっぱり」と沈んだ声を出した。
「それって負けたから辞めるってのと一緒ですよね」
「だから負けたからとかそういうんじゃ、」
「だって負けなければ1月まで残ってくれたってことは負けたから今やめるんじゃないスか」
「それは、」
ついに言葉に詰まった瞬間、二口は部室の扉を思い切り開いた。中で着替える部員たちの目が一斉にこちらを向く。もう滑津に着替えているところを見られて恥ずかしがる純情はここにはいない。
「おいお前ら!俺たちが負けたから伊吹さん辞めるって言ってるぞ」
「えっ?!」
即座に大声で素っ頓狂な声を上げたのは黄金川だ。そしてその表情を一気に歪ませる。
「え、伊吹さん、辞めちゃうんスか、俺ら、俺らが、っ負げだがら…ッ!」
「や、ちがくて…」
「青根、泣くな。俺たちが弱かった、それだけだ」
「ええ…」
青根はその薄い瞳をうるうるとさせ、黄金川は嗚咽を漏らしてガチ泣きモードとなる。作並は泣いている女子を慰める女子もかくやというように黄金川の背中を撫でて「大丈夫だよ、黄金川君のせいじゃないよ」とフォローの言葉をかける。
なぜか部員全員が沈痛な面持ちとなり、伊吹は困惑せざるを得ない。
さらに、背後から「なんだどうした」と追分がやってきた。目を潤ませる青根と号泣する黄金川に事態を悟ったらしい、伊吹をちらりと見遣る。
それに加えて、滑津までジャージで顔を隠して目元を埋めた。
「ごめんなさいぃ…私が、私が不甲斐なくて…!」
「滑津…?」
「…おい朝倉。滑津まで泣かせて、それでも部活を引退するのか」
なおもそうだと言おうものならこの事態はずっと収拾しない。さらに言えば伊吹は滑津に弱い。不愛想な先輩の下で懸命に頑張って慕ってくれた直属の後輩である滑津までこうなってしまっては、もう伊吹に逃げ場はなかった。
「……卒業まで残ります………」
伊吹がそう言った瞬間、二口は「ッしゃあ!!」と拳を握った。
そして作並は「よかったでーす」と言ってさっさと黄金川から離れて着替えに戻り、二口は青根の涙を拭いてやって吹上は黄金川の目元を拭ってやっていた。
一仕事終えたとばかりに他の部員たちも着替えに戻り、滑津すらジャージを戻したその表情はスンとしていた。
「じゃ、私先に上がりますね。お疲れ様です」
そしてそう言ってつかつかと帰っていった。そんなことだろうと思っていた伊吹だが、本気で騙されていたらしい追分は戸惑っておろおろしている。
伊吹はそんな追分を放って部室に入り、自分のロッカーへ向かいざまに二口の脇腹に重めの拳を入れた。声もあげられずに二口は沈んだ。してやられて悔しい気もしたが、一方で、こうやって引き止められることが嬉しいのもまた確かだった。