信じる覚悟−2
春高が終わってしまえば、そこからの時間の流れはあっという間になる。もともと一年の後半とは早く過ぎていくものだが、卒業を控えた伊吹にはなおさらだった。
2月、厳しい冷え込みの仙台もバレンタインのシーズンとなった。駅前のケーキ屋に赤いバレンタインセールの告知が飾られるのをぼんやりと見て歩く日々が重なる中で、伊吹は今年、覚悟を決めるべきか迷っていた。
そしてやはり女子というべきか、それを見事なまでに突き付けてきたのが滑津だった。
「伊吹さん」
「ん?」
部活中、二人でスクイズボトルをはじめ部室の備品の総チェックをしているときだった。大きな買い出しと年度末の予算管理のために備品在庫を確認するのだが、この作業もまた年度末というものを意識させるためか、滑津は意を決したように伊吹に尋ねてきたのだ。
「…バレンタイン、どうするんですか」
「……今年も滑津が全員分用意すんだろ」
「私がそういうこと聞いてないって、分かってますよね」
やたら圧をかけてくるため、伊吹は早々に降参した。長い付き合いだ、伊吹のことを滑津はよく知っているし、直接言っていない様々なことを察しているのだと伊吹も分かっていた。
その一つ、というか最も大きなそれを、滑津はついに白日の下に晒すらしい。
「二口に、渡すんですか」
「…正直、迷い中。あいつ個人に渡すっつーのは、もう、そういうことだしな」
「…まさか、二口には自分じゃなくても、なんて思ってませんよね」
やはりさすがだな、と伊吹は内心で感心した。滑津が指摘したことを考えたのは、一度や二度の話ではない。
「そんなん、何度も考えたっつの」
「でも…!あいつには、伊吹さんしかいませんよ!どうせあいつも進学しませんし、女子と出会う場面だって少ないし、そもそもあいつのあのひん曲がった性格を受け止められる人なんて…」
「お前が二口をどう思ってんのかはよくわかった」
つらつらと言葉が出てくることに苦笑する。滑津は暴走した自覚はあるのか、「すみません」と一言謝る。しかし憮然とした表情は崩さない。
「それじゃあ…二口のこと、諦めるんですか」
「んー…それがいいと思ったときもあったんだけどな」
伊吹は手を止めて、空気の抜けたボールの残骸を棚に戻す。これは破棄だな、と思いつつも、それを手元のリストに書き込まなかった。あまりそういう後回しはしない主義だが、それよりも滑津が真摯に伊吹と向き合ってくれていることの方が大事だった。
「もう少し、今の俺とあいつを信じるのも、ありだなって思った」
「今の…?」
「世界ってきっと、俺たちが思ってるよりももっと広い。いろんな出会いがあんだろうな。その中には、二口が普通の幸せを得られる女性もいるかもしんねぇ。でも、今、一緒に幸せになりてぇなって思ってんのは、互いに自分たちなんだよな」
未来のことを決めつけて今の行動を決めることは、必ずしも間違いではないだろう。しかしここで部活をしていて、全国に行けると本気で信じて努力を重ね、確かな手ごたえを得ることができるのだと実感して、もう少し、「今」を信じてもいいのだと思えるようになった。
正直、二口も伊吹も、互いの気持ちは分かっているし、互いに察していることも互いに分かっている。自覚アリの両片思いというやつだろう。
もはやどちらが先に言うかの問題で、きっと二口も伊吹も、卒業というものを意識している。というよりも、部活にいる間は部活を最優先したいという気持ちが通じているのだ。
そして部活とともに高校を卒業することで、晴れて、二人の関係はまっさらになる。
「卒業式は3月の頭だから、ホワイトデーの前じゃん?俺から先にバレンタインであいつに伝えんのもありかなって。将来的に付き合ってそれでだめだったら、そんときはそんときだ。そしたら、納得して別々になれる。でも今は、何も確かなことがねぇのに、最初から別になることを選ぶ必要もねぇんだなって、そう思える」
「伊吹さん…」
「…気にかけてくれてありがとな」
こんなことを口にしたことはない。滑津に話して改めて整理ができたし、改めて決意ができた。そういう意味で礼を言うと、滑津はほほ笑んだ。
「だって、一番大好きな先輩ですから!」