SS小話集−例のサメ(黒尾)


付き合ってる三年黒尾×二年主

夏だか秋だか分からない日々もようやく秋らしくなった東京、音駒高校は2学期の中間試験を前に部活が停止される期間を迎えていた。

春高を前に、バレー部はいくらか部活停止期間が短くなる特例を許されたものの、すべてを部活にすることはできなかった。中間試験も近い3日のみ、平日では1日だけが休みとなる。
その平日、金曜日の放課後に、伊吹は黒尾に家に呼ばれていた。なんと一緒に勉強しようという誘いで、学年が違うのに一緒にやる意味はあるのかと聞いたところ、「一緒にいたいだけだっていう下心、察して欲しいなァ〜」とニヤニヤしながら言っていた。

真面目にやれと思う反面、そういうところはしっかりしている黒尾は案外成績が悪くなく、恐らく本当に一緒にいたいだけだろう。さらに言えば、成績を落とせない伊吹の事情をよく知ることもあり、邪魔をすることもしないはず。
部活に追われ、さらに学年も違う日々では、二人きりとなる機会はほとんどない。あってもそれはまとまった時間ではないため、やはりこうして誘ってもらえると嬉しくなる。


そうして黒尾の家にお邪魔して、祖母に挨拶をし、リビングで勉強を始めた。さすがに黒尾の部屋で二人一緒に勉強するスペースはないらしい。

勉強を始めれば特に会話もなく淡々とそれぞれのことをしていたが、外の太陽の傾きが気になる頃、黒尾の集中力が切れた。


「あ〜、疲れた。休憩しようぜ」

「…そっすね、疲れてはねぇけど休みます」

「お?それは暗に俺に疲れんのが早いっていう圧かけてる?」

「そうとりたいならいっすけど」


黒尾はぶつくさと言いながら、ダイニングテーブルからリビングのソファーに移って、鎮座していたサメのぬいぐるみを抱きかかえた。


「え、それIK〇Aのっすか」

「そうそう、なんか親父が新年会かなんかのビンゴで当てて持って帰ってきた」

「へぇ」


世界中で人を狂わせた愛くるしいサメを抱え、黒尾はソファーでだらだらとしている。祖母は寝室にいるそうだが、二人に配慮してかリビングには出てこない。
休むと言っても他人の家だ、伊吹はどうしようかと手持ち無沙汰になり、仕方なく黒尾の左隣に腰掛けた。ソファーに座るも特にすることはなく、黒尾はサメを抱き締めてスマホを弄っている。

一緒にいたいと言うからわざわざここで勉強しているのに、隣にいる恋人を放ってサメと戯れるのか、と伊吹は内心で思うものの、それを口に出すことはできない。いまだに、どこまで許されるのか分からないことがあって、それはやはり相手が先輩だからだろう。

それでもやはり、普段学校ではできない距離になりたくて、つい、伊吹は「黒尾さん」と声をかけてしまう。
小さな声は我ながら情けなく、呼びかけようと思ったというより、つい名前が漏れてしまったという方が正しい。言った直後に後悔した。


「なんでも、「いいよ、言って」…えっ」


なんでもない、と言おうとしたところに、黒尾はそう被せてきた。思わず顔を上げると、黒尾はこちらに視線を向ける。いつもの、先輩の恋人らしい優しく拾い上げてくれるような穏やかな表情だ。


「今思ってること、言っていいんだよ」

「…分かるんすか、俺が思ってること」

「まぁね。伊吹、俺に遠慮はいらねぇの。まぁ、そう言っても難しいのも分かってっからさ、少しずつそうやって試してみりゃいい。でも時間は無限じゃない、できれば、遠慮しないでくれたら嬉しいけどな」


どうやら先回りしてくれていた。伊吹は待ってくれる黒尾の優しい笑みに、つい視線を下げてしまう。言葉通りに「じゃあそれなら」とできるなら苦労しない。

それでも、こうしてあえて許してくれるのは、黒尾自身伊吹にそうして欲しいからにほかならない。これは伊吹だけが何かをしてもらうという類のものではないのだ。二人の関係性の問題なのだから、二人で醸成するものだ。


「…俺がいるときは、俺のこと優先してください……」

「よく言えました」


ようやく絞り出すように言えたそれを、黒尾はそう褒めて、そして伊吹を抱き寄せた。サメは脇においやられ、黒尾の腕の中に伊吹が収まる。ぽす、と黒尾の上体に抱き着くように体をもたれると、安心する匂いに包まれた。


「伊吹は普通の先輩のが甘えやすいタイプだよな。やっくんとか。先輩が恋人になると、先輩だか恋人だか分からなくて距離感掴めないんだろ」

「……マジで俺の心透視しすぎじゃねっすか」

「それくらい好きになったんだよ」


黒尾の言う通り、先輩と後輩という分かりやすい差がある関係性と、恋人という対等な関係性が同時に存在することで、どう接すればいいのか分からなくなってしまうことがある。


「…いい方法があるぜ伊吹」

「……なんすか」

「先輩よりも同期よりも後輩よりも友達よりも、誰よりも俺が一番近い存在だって思えばいい。そうすりゃ迷わねぇだろ?」


その言葉は明瞭で分かりやすく、思わず伊吹は小さく笑ってしまった。確かに、簡単なことだった。勉強は黒尾よりできるかもしれないが、こういうところはきっとまだまだだ。

しかし、それでよかった。


「…そっすね。俺も、うざいくらいがちょうどいいんで、遠慮しなくていっすよ」

「うざいくらいは余計だっつの」


伊吹が軽口を叩けば、黒尾もいたずらっぽく笑い、抱きしめる力を強めてくる。きっとすぐに遠慮がなくなることはないのだろうが、伊吹はそう遠くない将来にはもう遠慮なく接することができるようになっているのだろうと、そしてもっと距離が縮まっていくのだろうと、そう思えた。



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