SS小話集−例のサメ(川西)


上京して大学生になってからというもの、太一と伊吹は互いに一人暮らしをしているアパートをひっきりなしに訪れており、どちらの持ち物か分からないものが混在している。もともとものが少ない伊吹と違って、太一は高校の寮からずっと整理整頓が得意でなかったため、白布という監督者がいなくなった今、部屋はかなり散らかっている。

そのため、最近は伊吹の家に太一が来ることが多くなっており、太一の私物が徐々に伊吹の部屋を圧迫していた。
その一つが、某北欧系量販店のサメのぬいぐるみである。

「誕生日にもらった」と言って、2年生に上がったばかりの春にサメを抱えて伊吹の部屋にやってきたときはシュールさにしばらく笑っていたものだ。これを持って中央線に乗っていたというのだから笑わない方が難しい。

大学2年生の夏というのは最も学生生活でだらける時期である。太一は毎日のようにバイト終わりに伊吹の家に来てはだらだらとしていく。ギリギリで前期の単位を取ったのも、伊吹がこの部屋で勉強を見て遣っていたからだ。
伊吹と太一は、大学のレベルこそ違うものの同じ経済学部であるため、期末のときはそこそこ内容が被っていたのだ。

今日も、深夜の居酒屋でのバイトを終えて昼過ぎに起きてきた太一が、サメを抱きかかえてスマホを弄っている。伊吹の座椅子を占領して、布団もたたまずにスマホを弄っている太一は、悠々と先ほどシャワーを上がって爽やかな夏の日差しとエアコンの冷風を享受している。
一方でこの部屋の主であるはずの伊吹は、そんな太一を横目に掃除やらゴミ出しやら自炊やらで動き回っており、そろそろ締めた方がいいかと思いつつある。

それに、と伊吹はぐしゃぐしゃの布団をちらりと見る。
昨晩もこの淡泊そうで性欲の強い恋人に抱かれた布団は乱れて情事を匂わせており、このままでは恋人をだめ男にしてしまうのではという危機感を感じていた。伊吹は寝ていたのにバイト明けで目が冴えた太一に起こされて無理矢理ことに及んだのである。
爽やかな日差しに乱れた布団は目に毒で、伊吹は視線をそらしてサメを抱き締める男を見遣る。抱くだけ抱いて、昼間はこれだ。間違いなく教育が必要だった。

伊吹はとりあえず鬱憤を晴らしておこうと、立ったまま太一をげしげしと膝で軽く押すように蹴った。


「おいこら太一、こちとらお前のせいで寝不足だってのに何呑気にしてんだ」

「ええ…」

「罰としてサメは没収する」


そう言って伊吹はサメを太一の腕の間から引き抜くと、代わりに伊吹が抱き締めて、そして太一の横の床にあぐらをかいた。背中を太一の左側にもたれさせて体重をかけてやれば、太一は「重い…」と情けない声を出す。そうは言ってもびくともしない体幹はスポーツ推薦で有名私大に入っただけあるものだった。

だいたい、夜は求めてくるくせに昼間になるとまるで母親か何かのように接してくる太一に対して、サメを抱き締めてる場合かよ、と伊吹は別方向の怒りにも似た感情を感じる。その感情のままぶすっとして太一にもたれてサメを抱き締めていると、背後の太一は次第に困惑し始めた。


「えと…伊吹…?怒ってる…?」

「別に」

「ええー…」


同じクラスで部活も同期で、太一は高校時代からずっと遠慮がない相手だった。それもあって、こういう面倒なことをしても太一が怒らず、また放っておくこともせず、きちんと困りながら対応してくれることを理解していた。そういう距離の詰め方を、二人で学んでいったのだ。


「なに、ひょっとしてサメに嫉妬した?なーんて…」


しかし今回、太一は謎の勘の良さを発揮してみせた。図星を突かれた伊吹は思わず黙る。太一はそれを見て、一瞬動きを止めてから小さく吹き出した。


「ふ、伊吹は可愛いな」

「あ?」

「柄悪くてもかわいい」


太一はそう言うと、伊吹を後ろから抱き締めてきた。その長い腕と脚に閉じ込めるように包まれ、サメごと抱き締められた。文句を言ってやりたかったが、言葉は出てこなくて、結局黙って体重を預けるだけになってしまう。


「先輩にはちゃんと後輩するし、後輩には先輩してっけど、タメにはめっちゃ自然体だからさ、昔から伊吹にそうやって拗ねたり怒ったりされんの気分良かったんだよな」

「…うるせぇ、分かってんならもっと相応の態度しろ」

「はいはい」


口では乱暴に言いながらも、太一がそっと撫でてくれる大きな手にすり寄ってしまう。最終的にこうやってほだされて許してしまっていることも多いのだが、太一の方が実は、伊吹の突発的なわがままや拗ねたときのリカバリーのためにすぐに動いてくれる。


「あとで買い物行こっか。荷物持ちはする」

「あたりめーだろ」


案の定なことを言った太一に、内心で苦笑しつつ、しばらくはこのままでいいかと目を閉じた。



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