目が死んどるメガアイドル2−1
「うっわ伊吹、目ぇ死んでるけど大丈夫?」
「お前に言われたくねぇよ赤葦」
「二人とも目ェ死んでっから」
「表情筋死んでるヤツに言われたくねぇ」
「はい傷ついた」
たまたま時間が合ったこの3人でこうして飲むのは、共演していたとき以来だった。
同じ事務所所属のアイドルURBANsの赤葦と俳優の川西は同い年で、以前にサスペンスドラマで共演していた。その作品ではこの二人が主人公であり、伊吹はラスボス役だった。まさか悪役が最初の人気時間帯の人気タイトルの実写ドラマでの配役になろうとは思っていなかったため、この話が来たときは最初断ろうと思った。
しかしマネージャーの武田に「やりますよね」と圧力をかけられて、パワハラだと思いながらも頷いたのだ。
一般に、演技は自分からかけ離れたキャラクターである方が演じやすいとされる。また、突拍子もないような突き抜けたキャラや、たとえば発狂などのような激しい表現の方がやりやすいそうだ。
伊吹は役者として生きてきたわけではなく、アイドルとしてもまだまだだと思っているが、一応アイドル業での人気は極めて高く、注目度から抜擢された。この悪役は明るいサイコパスといった感じで、原作でも読者に一切感情移入をさせない完全な悪役だった。同情の余地もないような悪で、大事に描かれたキャラを殺し、部下である「好かれる悪役」をもひどい目に遭わせる。
悪役過ぎて役者として悪いイメージがつくのではと及川が懸念したほどだったが、ここまでぶっ飛んでいるのならセオリー通りであれば演じやすいとも言えた。
伊吹がこの役に決まったとき、まずファンは伊吹が役者業をやることに驚き心配していたが、同時に原作ファンは「正直ビジュアル的には完全に一致」という反応だったらしい。キャラデザが伊吹に似ていたのだという。一般の人々は、人気アイドルが役者に挑戦するということで期待していた。
原作ファンはビジュアルについては適役とする一方、演技力が未知数の伊吹が重要なラスボスをやることに懸念していたし、アイドルが人気取りとファンによる動員を目論んでいるという向きも当然あった。
そういう意味では、同じ業界内ではかなり注目されていたようだ。
すべて伝聞なのは伊吹がそういった反応に興味を持たないからだった。
こうして特にプレッシャーなどもないまま、同期ながら俳優としてキャリアがあり演技の先輩となる赤葦、川西とは個人的な付き合いが増えていった。
ちなみに主人公であり主役は赤葦、準主役が川西とここにはいない女優の滑津だ。この3人が様々な事件を解決していく中で、伊吹率いる悪の組織と戦うという筋書きだった。
「にしても、Black Mondayって結構長かったよね」
「それなぁ〜」
ビールジョッキを傾けてから、伊吹の正面にいる赤葦は思い出すように言った。伊吹の右隣に座る川西が同意を示し、伊吹はチャンジャを食べながら頷く。
Black Mondayというタイトルだったこの作品が長い放送となり、3シーズンとなった。シーズンの間は数ヶ月空いていたが、撮影自体はコンスタントに続いていた。アクションも多く大変だったのを覚えている。
最終話で伊吹は死んだが、それまではちょくちょくシーンがあり、最終話あたりでは伊吹もアクションシーンに加わった。
大変だったものの、あの作品のおかげで成長できたのは確かだ。もともと演技力が評価されていた兄弟グループの赤葦と、若手ながら演技に定評がある川西に並んで撮影するのは良い勉強になった。
そしてこの作品の反響はすさまじく、自分では分からないものの伊吹の演技力がかなり際だったものだったという評価を受けたことで、伊吹は今もドラマや映画、CMの依頼を多くこなしている。
「…初めてのガチの演技の仕事が、お前らと一緒で良かった」
日常でも演技ができればもう言うことはなかった。
酒が入った勢いでつい口を滑らせた伊吹は、静まった二人に自らのしでかしたことを反芻する。そして、呻きながら顔を伏せた。
「最ッ悪だ…!」
「え、マジでキュンときた」
隣に座る男は身長190センチの長身で幅を取っていたため、手を伸ばせばすぐに伊吹を抱き締められた。おもむろにその胸元に抱き寄せられ、伊吹は必死に抵抗する。
「っざけんなアホ!!」
「え〜、こんな可愛いこと言われたら俺も我慢できないって」
「っ、赤葦!」
「次俺ね」
「赤葦?!」
味方がいない。伊吹は体格差で適うわけのない相手に諦め、力を抜いた。ため息をついて自らの口を呪う。それを見た赤葦はおかしそうに笑った。
「あんなクソキチ演技してた人とは思えない可愛さ」
「悪口か?」
「まさか」
普段より赤葦の口が汚いのはアルコールのせいだ。
そこからは、川西と赤葦による伊吹の演技の話になって盛り上がり始めてしまった。自分の演技のことなど必要以上に聞きたくないのだが、これも諦めるしかないだろう。伊吹は仕方なく、いたずらに梅酒ロックの氷を混ぜ続けた。