目が死んどるメガアイドル2−3
白い部屋に突入してきたのは、黒髪を跳ねさせた端正な顔の男・昭島と、長身の酒田、そしてセミロングの髪をなびかせる大崎の3人だった。
それに対峙していたカインだったが、3人の攻勢に押され、大崎に刺そうとした毒入りの注射器が自らに刺さり、毒が体に入ってしまう。カインはソファーで一部始終を見ていたノドの元に駆け寄った。
「の、ノド様…!お、俺、俺は、あ、助けて…!」
何があっても絶対俺が守るからね、と言って微笑んでいたノドに、カインは縋り付いた。しかしその瞬間、ノドはゆっくりと笑みを浮かべた。慈愛などではない、クリスマスのプレゼントに欲しかったゲームをもらえた子供のような純粋な喜びを感じさせる笑顔だ。
「俺がお前を救ってやったのはお前の絶望する顔が見たかったからだよ」
そう言って、ノドは持っていた解毒薬を放り投げると、器用にそれに銃弾を放った。直撃した解毒薬入りの注射器は粉々に砕け、液体は床に散らばる。
「今からじゃ血管に直接全量注入して助かるかどうかってとこかなぁ、だからあれを舐めても助からないよ。でも舐めてるとこは見たいかも。ほらどうぞ?」
「え……なん、で、ノド様…?」
「そうだ、その無意味な命を無様に終わらせる前に滑稽な話をしよう。お前の双子の弟アベルはね、お前を助けて一緒にここを離れるためにあの3人と繋がってたんだよ。俺から離れて、刑務所でまともな生活して人生やり直そうって」
「…アベルが……そん、な……」
カインは毒が回ったのか、ひくっと体を震わせ始める。それでも、ノドを必死に見上げた。ノドは相変わらず綺麗に微笑んでいる。
「さて!ここで無様で滑稽なカイン君に質問です!……アベルを殺したのは、だーれだ?」
「あ……ああ……」
がくりと膝を突いたカインの茫然自失とした表情を見て、ノドはにんまりと表情をゆがめた。
「ふ、っははははは!!!あァー最高ッ!!これだよこれェ、イイ顔してるぜカァイン!!」
その高笑いは空虚な白い部屋に響いていく。呆然と、昭島が「悪魔だ…」と呟いたときには、カインは絶命していた。
ノドはカインを踏みつけて床を歩き、直接3人と向きあう。その表情はすでに子供のようなものになっていて、疑問符を浮かべていた。
「なんで?」
「…狂ってる……ただ絶望した顔が見たいだなんて、それだけでこんな…」
「そんなにおかしいかなぁ?悪役は、悪役になるための悲しい過去を持ってないとだめなの?理由って必要?過去って必要?ね、俺の親はふっつーの共働きでさ、俺はなんの不自由もなく暮らしてたよ!その親を殺したのが最初の罪かな。あの驚いたままの死に顔、おかしすぎて死ぬかと思った!殺したの俺なのにね!!」
カインとアベルには報われない過去があった。ノドが拷問で殺したスパイの女は、悲しい過去を持ちながらも乗り越えて、昭島たちを叱咤しながら支えてくれた。
しかしノドは、その指示で数千人の人間をテロで殺しているにも関わらず、これだけの凄惨な死をもたらしたにも関わらず、普通の家庭で育ち、特に虐げられたことも社会への不満もなく、ただ人の絶望した顔が見たいというだけでこれだけのことをしてきた。
その異常性に、昭島は震えながらも、これ以上この男を生かしてはいけないと、酒田と大崎と目を合わせた。
***
田中冴子演じるスパイの女が拷問で殺された時点でノドというキャラクターは愛されない敵として原作ファン以外にも共有されていった。
やがてカインの弟殺しでの恍惚とした表情が、その後それがカインを絶望させて殺すためだったと分かり、カインを殺して高笑いするシーンはもはやホラーのごとき扱いを受けていた。死ぬ間際にカインの回想でアベルとの幸せな思い出がフラッシュバックされたことで、ノドの思惑通り最後まで絶望して死ぬということはなかったが、それがまたノドの残酷さを際立たせる演出となった。
何より、特に理由もなくこれだけのことをしたノドという人物の異常性に、視聴者たちはもちろん、展開を知っていた原作ファンすら震えた。
「冴子姉さん殺したシーンでわりと伊吹マジでクソ野郎ってなったけど、最終戦闘のときの悪役っぷりはほんと許されない感じだったよね」
相変わらず歯に衣着せない赤葦に川西は笑ったが、侑は「いやぁ」と感心する。
「ホンマ、見ててちびるかと思ったもん。マジで怖かったわぁ」
「オンエアで初めて見たから俺なんて侑に同情してもうたわ。最後幸せな記憶ん中で死ねて良かったなぁって」
「だから名前な、ほんと俺がやべぇヤツってなるだろオイ」
伊吹はため息をついてタコの唐揚げをほおばる。まともなしゃべり方をしているシーンはテイクを何度か重ねたのに、サイコパスなシーンはほぼ一発OKだったため、ひょっとして自分は本気でおかしいのではないかと心配になったほどだ。
俳優である川西にそれをこっそり打ち明けたところ大笑いされ、「むしろ不良キャラのくせに優しいっていうギャップで売れてるヤツが何言ってんの」と言われた。恐らく伊吹が演技に引っ張られているのではなく、作った演技が一発で通ったことで自分の思うサイコパスが本物のようで心配になっただけだと理解していたからだ。これで演技に人格が引っ張られてしまうようであれば川西もケアにあたってくれただろう。
このことは川西が後に伊吹とのインタビューで明らかにした。
シーズン公開中や、ドラマが終わってからしばらくの間は伊吹は取材にあまり出ないようにしていた。悪役としてのインパクトをより大きなものにするため、裏話などで心温まるシーンをギリギリまで感じさせないようにしていたのだ。
そのため会見や取材に応じることはほとんどなく、ひとしきり終わってからようやく、「今だから明かされる!」というお題目で紹介されたエピソードだった。ちなみに世間ではめちゃくちゃウケていたそうだ。
その後も撮影の思い出話や近況報告で盛り上がり、夜も深くなった。
そろそろお開きか、という空気になったところで、両サイドの双子に抱きつかれた。
「伊吹〜、はよまた共演しようなぁ〜」
「武ちゃんに言うといてやぁ〜」
「はいはい」
侑も治も伊吹と共演したがってくれているが、少なくともドラマや映画はそうそうないだろう。この二人の画面での圧が強すぎて、伊吹までいるとうるさいのだ。
帰り支度をする中で、伊吹はふと言おうと思っていたことを思い出す。
「…俺は、別に共演じゃなくても、お前らといるのは居心地がいいから…その、なんでもいい」
どんな形でも、こういう飲み会でもいいのだと伝えてから、伊吹は、再び自分が同じ過ちを繰り返したことに気づく。
「あ…待っ、ちが、」
「伊吹〜!!」
再び侑に今度は立った状態で抱き締められ、治にも奪うように抱きつかれ、伊吹は遠くを見るしかなかった。なぜ自分はこうなのか、と迂闊な口をもはや憎んだ。
「……喋るのやめよ」
「伊吹が嫌がっても一緒にいてやるよ」
伊吹がため息をつきながら言うと、川西もそう言って頭を撫でてくる。もはやされるがままだった。それをスマホに写真で収めた赤葦は、撮った写真を見返してあることに気づいたようだ。
「…伊吹の目って、基本死んでるよね」
「ほっとけ!!」