大切にするということ−1


梟谷学園男子バレー部のスタメンは、ほとんどが3年生で構成されているが、主将の木兎が事務的なことにほぼ適正がなかったことから、2年生の赤葦と伊吹が主に分業している。マネージャーである伊吹が最も多い仕事を行っているが、実際にチームを率いる部分については、やはり選手である赤葦に頼ることも多かった。

そんな伊吹と木兎が、実は付き合っているという事実は、バレー部内ではどうにも公然の秘密となっているらしい。らしい、というのは、単にはっきりと面向かってそれを指摘されたことがないからだが、木兎の分かりやすすぎる性格によって誰もが知るところとなっていた。

それでもなお普通に節してくれる部員たちは、寛容であるというよりも、いろいろな意味で一線を画す木兎という存在であれば、規格外のことをやってもおかしくないという認識であるが故に思える。

いずれにせよ、そのような部員たちの暗黙の了解のもと、伊吹は木兎と付き合っており、なんなら木兎はそれを自身の親に告げていた。家を訪ねた際にあっけらかんと教えられ、さすがの伊吹も卒倒するかと思った。親ですら、「うちの子、ちょっと他の子と違うところあるし…」というようなことを言っていたため、もう木兎は何をしでかしてもおかしくないという共通の認識があるのだろう。それは正直理解できる。

そんな中、伊吹は木兎に頼み込まれ、IHを終えて久しぶりのオフの日となった夏の日に木兎を家に招待することになった。伊吹が暮らす家は母方の親戚の家であり、東京郊外でパン屋を営んでいる。なぜ親戚の家なのかといえば、もともと暮らしていた仙台にて、両親が離婚し、両親のどちらとも一緒になることができなかったからだ。
母方からよく思われていなかった結婚生活だったこともあり、母に親権が渡った直後に母が体調を崩すと、伊吹は実家に戻った母の心労を憚って東京に進学し、親戚を頼っている。そんな経緯だったこともあり、伊吹は内心で極めて肩身の狭い思いをしている。
親戚は叔母・叔父ともにとても親切ではあるのだが、こればかりはこちらの心の持ちようの問題だ。

そんな家に、まず人を呼ぶこと自体躊躇われた。どうしても、伊吹にとってこの家は「自分の家」という感覚を持てず、高校生になってから一緒に住み始めた親戚を親のように思うこともできるはずもなく、肩身の狭い中で人を呼ぶ手間をかけさせるのは憚られる。
さらに言えば、木兎の普段の様子を考えても、さすがに失礼なことを言う人物ではないものの、礼儀がなっていないなどと思われたりしないだろうか、という一抹の不安もあった。
ただでさえそうした懸念がある上に同性の恋人なんて人物を呼ぶなどまったく気が進まなかったが、木兎は別に交際関係を明らかにするつもりではないらしく、単純に伊吹の生活空間が見たいだけとのことだった。
それならまだいいか、と伊吹は渋々了承し、叔父夫妻に頼んで、そしてオフの日を迎えた。




「悪い伊吹、ちょっと遅れた」

「木兎さん基本間に合わねっすから、別にいいっす」

「いつも3分くらいしか遅刻してねーじゃん!」


駅前で待ち合わせをしていると、案の定、木兎はやや遅れて到着した。オフだというのに、真夏ということもあってか、半そでのシャツに下はジャージという姿である。ショルダーバッグこそしているが、中身はほとんどなさそうだ。しかし片手には何やら紙袋を持っていた。漫画か何か貸してくれるのだろうか。

別に服装など気にしていないため、伊吹は特に指摘せずに木兎と合流し、自宅の方へと歩き出す。休日のため、人が多く混み合っている。


「すげー人だな、新宿より混んでね?」

「街が狭い分、人口密度が高くなるんすよね」

「ふーん」


よく分かっていなさそうな声だが、どう考えても分かっていないだろう。

そうして少し歩くと、自宅兼店舗となっているパン屋に到着する。休日ということもあって、叔父夫妻は忙しくしているが、叔母は休憩がてら木兎の来訪に合わせて家の方へと戻っていた。


「いらっしゃい、木兎君。伊吹君もおかえりなさい」


にっこりとほほ笑んで出迎えてくれた叔母に、「ただいま」と返す。木兎はお世辞にも礼儀正しい人物ではないが、だが人好きのする好青年という評価もできるため、そこまで心配はしていないものの、ちらりと左に立つ背の高い先輩を見上げる。



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