大切にするということ−2
「お邪魔します、すんません、忙しい日にお邪魔してしまって」
「あら、いいのよ。気にしないで」
「いえ…あ、これ、よかったらどうぞ」
「あらあら、ご丁寧にありがとうね」
なんと、木兎は普段の声量からは考えられないような落ち着いた声で挨拶をした。
少し崩れてはいるものの、それなりにきちんとした言葉遣いでもある。さらに、手に持っていた紙袋は漫画ではなく土産だったらしい。袋の中が少しだけ見えたが、どうやら缶ジュースのようだ。しかし袋のブランド名は高級フルーツで知られるもので、ただのジュースでもない、きちんとこの時期らしいお中元めいたものだった。
「ありがたくいただくわね」
「あ、重いんでぎりぎりまで持ってきますよ」
木兎はそう言って、玄関を上がる。袋は一度床に置いて、きちんと靴もそろえて、再び袋を持って叔母のあとをキッチンについていく。
ついポカンとしてしまった伊吹だったが、慌ててついていった。
「すみません、あざます、木兎さん」
「いいって!」
ニッと笑って、木兎はキッチンの入り口までついていき、そこからは入らずに叔母に袋を手渡した。叔母は上機嫌に笑って受け取った。
「それにしても、木兎君はバレー部の主将なんでしょう?すごいわね!いつも伊吹君がお世話になってます」
「いえ、こちらこそ!いつも伊吹には助けてもらってて」
「伊吹君はマネージャーだったわね」
「そーなんです、ほんと、伊吹は元選手でもあるから、マネージャーだけどすげー気が利くし、練習にも付き合ってもらえるし。人のことよく見てるから、部員みんな、的確なアドバイスもらえて、監督がもう一人増えたみてーって話してます!」
木兎が途端に顔を輝かせて伊吹を褒めると、叔母は冷蔵庫にジュースをしまう手を止めて、少し驚いたようにこちらを見る。気恥ずかしくなって目をそらしてしまうと、叔母は苦笑して冷蔵庫の扉を閉めた。
「まぁまぁ、キャプテンにそこまで言ってもらえるなんて、よかったわね伊吹君。あまり学校のことを聞く機会もなくて、高校生ってそんなものだとは思うのだけど、お話を聞けて良かったわ。ありがとう、木兎君」
「いーえ!」
仕事に戻る時間だったため、叔母はそこで店舗の方へと戻る。伊吹は冷蔵庫にしまわなかったジュースを二本持って、木兎を2階の自室に案内する。部屋に入って、ジュースをテーブルに置いて、二人でベッドを背もたれにしてカーペットに腰を下ろした。
「すげー優しそうな人だったなぁ!」
「…、優しい人っすよ、叔父も叔母も。…木兎さん、」
「んー?」
「その…」
言葉に迷っていると、左隣に座る木兎は、おもむろに伊吹の頭をがさつに撫でた。いつもと同じそれを受け止めていると、存外優しい声で木兎が口を開いた。
「伊吹が、家をちょっと居づらい場所だと思ってるのはよく知ってる。しょうがねーと思うよ、優しい人たちでも、世話になってるって思うだけで、やっぱちょっと気まずいと思う。だから、呼んでくれた伊吹のためにも、俺がちゃんとしなきゃって。そんで、俺が、伊吹が東京に来てくれて良かったって伝えなきゃって思った。…できてた?」
「ッ、」
伊吹は、この人の愛情を、甘く見ていたのかもしれない。
適当に見えて、事実いろいろとずぼらな男でもあるが、しかし木兎はどこまでもまっすぐだ。だから、伊吹のためになることをしようと、きっと強く意識して先ほどの言動をしてくれたのだろう。
込み上げてくる感情を言葉にできず、伊吹は隣にいる木兎に思い切り抱き着いた。さすがの体幹で受け止めた木兎は、伊吹を逞しい腕の中に閉じ込める。そして、肩口にぐりぐりと顔を押し付ける伊吹の頭を、先ほどとは違う優しい撫で方で触れた。
「…仙台の、伊吹の親には敵わねーかもだけど。東京ではぜってー俺が一番お前のこと大事に思ってるっていうの、バレない範囲で伝えたかったんだよ、どうしても」
「…っ、俺、梟谷のバレー部入ってよかった、木兎さんに会えて、よかったです、だから、東京に来てよかったって、思います…!好きです、大好きです、木兎さん…ッ!」
「ん、俺も大好きだよ、伊吹」
家族はおろかすべての交友関係を離れて、仙台から東京へ来ることになった伊吹は、この日初めて、この街に来てよかったと思えた。この人に会うためだった、などというのはさすがに恥ずかしい考え方になってしまうが、いずれにせよ、木兎と出会えたというだけで、伊吹は今までのすべてのつらいこととの釣り合いが取れると、そう思えたのだった。