不器用なふたり−2
そうしてしばらく勉強を続けるうち、影山のバレー以外では驚くほど小さな脳みそは限界を迎え、休憩が必要そうになった。
とりあえずジュースをコップに足してやってから、一足早く訪れる東北の秋の風が吹き込む窓を少し閉める。そういえば、最近日向は1年生の谷地という女子に勉強を教わりつつ、マネージャーとしても勧誘しているそうだ。もしかしたら直属の後輩になるかもしれない。
そちらの方も考えるべきことなのだが、今は恋人との関係という極めて難しい問題に直面している。
しっかりマネージャー兼中学時代の先輩として振る舞ってしまったため、ここからどう軌道修正すればいいのか、さっぱり分からないのである。
そこで菅原からのアドバイスを思い出す。そんな高度なやりとりできるはずがない、と言った伊吹に、「気負いすぎんなよ〜」と言いながらくれたアドバイスだ。
ずばり体当たり。物理的なそれである。要は、言葉ではなく態度で物理的に距離を詰めていけ、というものだ。そんなことでいいのかと思わないでもなかったが、もはや他に打つ手もない。
伊吹はあえて窓をもう一度少し開ける。冷たく感じる風が部屋に入るが、伊吹はそのまま、影山の左隣に腰を下ろした。
脳を休めている影山は、突然すぐ隣に座った伊吹に驚いたようにする。
「伊吹さん…?」
戸惑う影山には返さず、伊吹は体の右側に感じる体温に、直接体を預ける。肩に頭を乗せて、しっかりした体幹に体重をかけると、影山は息を詰めながらも、反射的に伊吹の肩を抱いて支えてくれる。
「…俺も、いったんマネージャーは休憩」
「?今のマネージャーの仕事だったんスか?」
「そこじゃねぇだろ…」
やはりどこかずれている。それに苦笑しながら、伊吹は至近距離で影山の端正な顔を見上げる。影山と視線が合うと、びくりと体を揺らした。
「恋人、ってやつの時間だろ。察しろ」
「なっ、伊吹さん…!」
目に見えて動揺した影山だったが、なんとかといった感じで、肩を支えていた腕に力を籠めて、伊吹を抱き寄せる。
そのまま影山の胸元に抱き込まれる形になると、影山の高い体温に包まれて、吹き込む秋の冷涼な風が程よく感じられる。
すると、顔をつけた影山の胸筋越しに、とてつもない速さの鼓動が聞こえてきた。どうやら相当に緊張しているらしい。それに小さく吹き出した。
「…ふは、心音やば」
「え、マジすか」
「マジだよ。どんだけ緊張してんだよ」
「…そりゃするに決まってるじゃないスか。中学のときからずっと、ずっと、俺は伊吹さんのことが好きだったんです」
緊張や動揺はあっても、影山の低い声は明瞭だ。いつだって影山は、想いを伝えるときはまっすぐ淀みなく言葉をくれていた。相手に届けと不器用に願いながらのストレートな言葉だったから、伊吹も絆された。
思わぬカウンターに、顔に熱が集中する。隠すように胸元に顔を埋めたが、影山は頭上で小さく笑う。
「照れてますか」
「うるせー…」
「伊吹さん可愛いスね」
「そればっかだな、お前」
「そればっかなんです、バレーと伊吹さんのことで頭ん中いっぱいなんで」
おずおずと不慣れな様子だった影山の抱擁は、いつしか大切な人を愛でる力強さと優しさの溢れるものに変わっていて、ボールを精密機器のようにコントロールする指先が、丁寧に伊吹の頭を撫でる。
こいつは自分のすべてが好きなんだな、というのが如実に分かってしまい、さらに熱くなる。きっと伊吹の心音もすごいことになっているだろう。
結局のところ、影山も伊吹も、小手先で恋人ごっこをできるほど器用ではないのだ。だから、こうして直接触れ合う方が性に合っている。
コミュニケーションは言葉だけで行うものではないということを、今更理解したような気がした。お互いの感情の発露が、それを気づかせてくれたのだ。