積み重なる日常−1
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大学生の黒尾と主
「やっぱ韓国映画って精神抉ってくるっすよね…」
「ほんとにね…」
平日夜の新宿、人でごった返す繁華街を黒尾と伊吹は二人で並んで歩く。
有名な映画館で韓国のホラー映画を観てきたが、韓国映画らしい、人間の心や精神性を強調する描写に二人して参っていた。
「容赦なく人殺すよなぁ」
「ほぼみんな死にましたね…」
「女子供老人、分け隔てなくね…」
そうした特徴は分かっていたが、こちらの想定を超える死に方だった。見た目が日本人とそっくりなため、白人や黒人の出るハリウッドよりずっと、リアリティを感じて恐ろしいのだ。日本映画が韓国映画の水準まで辿り着くにはまだまだかかりそうだ。
そうした感想をぽつぽつ話しながら歩いていると、あまりの人の多さに自然と黒尾と距離が近くなる。普段、こうして外でいわゆるデートをするときは、友人としての距離を保つのだが、物理的に、人の多さでそうすることができない。
眩い無数の看板の明かりに煌々と照らされた道は汚く、まだ夜のとばりが落ちてそう経っていないというのに、すでにゴミやたばこの吸い殻が散らばっていた。
汚らしい水たまりを避けた拍子に黒尾と肩がぶつかる。いや、ぶつかったのは伊吹の肩と黒尾の二の腕だ。なにせ17センチの身長差は高校時代から大学生に至るまでついぞ埋まることがなかった。
学生特権で平日に映画デートをしていた二人だったが、新宿は平日の夜でもこの人手だ。
するとそこに、チャラい見た目の男が近づいてきた。白シャツに黒いスラックス、黒いベスト。首から下げた看板には何やら値段が書いてあるが、すぐに視線をそらして意識の外に向ける。
「お兄さんたち!飲みっすか?飲み放題2000円、どうっすか!」
伊吹の右隣を歩く黒尾側に寄ったキャッチの男は、黒尾と伊吹にそうして声をかけてくるが、二人とも完全に黙殺する。キャッチは存在を無視することが最善だ。
『こちらは新宿区役所です。路上での客引き行為は違法です』と繰り返しアナウンスが流れているが、ここは無法地帯の歌舞伎町、たとえすぐそこに新宿区役所本庁があれど無意味だ。
これでもだいぶマシになったというが、ひどいものである。
そんな歌舞伎町のキャッチは、タフさにおいて都内でも屈指の実力を誇る。すぐに諦める新橋あたりとは違うのだ。
「ビール最初の1時間無料つけますよ!どっすかどっすか!」
依然としてしつこく声をかけてくるキャッチの男。靖国通りを横切る巨大な信号までまだ歩きそうだ。いい加減うっとうしいな、と思ったとき、黒尾がついにキャッチを見下ろした。
そう、黒尾は伊吹より17センチ高い187センチもの高身長を誇る上に、バレー部のキャプテンとして、そしてサークルとはいえ現役のバレープレイヤーとして、体格も良い。
実は寝ぐせである特徴的なトサカヘッドは、この歌舞伎町の夜にあっては何やら意味深に見えなくもない。
「お兄さんしつこいですね〜」
そして何より、この男の胡散臭い笑みはまさに詐欺師のそれだ。違法な客引きよりヤバいことをやっていると言われても違和感はないし、むしろ中締めくらいやっていそうである。
貼り付けた笑みを向けたあと、黒尾は伊吹の肩を抱き寄せる。そのままキャッチの男よりはるかに高い位置から睨み付けた。
「邪魔、しないでくれるかな?」
すかさず伊吹はキャッチを睨み付ける。眼光の鋭さでは山本にも勝っていた、らしい。不良として平穏な都立高校で不名誉にも名を馳せてしまっていたが、いまだにそれは通用するようだ。
キャッチはびくりとしてから、そそくさと無言で去っていった。「こえ〜、ウリ専の仲介だよあれ、やべ〜」と仲間に言いながらトー横方面へと抜けていく。極めて失礼なことを言われた気がする。
同じく聞こえていた黒尾は、一瞬、伊吹の肩に回した手に力を籠めたが、すぐに離した。