変わらないもの−1
原作完結後軸
設定はcuddle eagle struggleですがこれ単体で完結します
日本代表の牛島と関係に迷う主
2024年8月、パリ五輪の大半の日程が終わり、あと数日で閉会式というところで、ようやく若利から「会えないか」という短い連絡がきた。
幼馴染であるとか、恋人であるとか、そういうことを抜きに若利はいつでもこういう感じなので、特に気にしていない。
高校時代、幼馴染から恋人に関係性が変わってから10年が経とうとしているが、こういう普段のやり取りはほとんど変わっていない。もともと互いに、メッセージでのやり取りは苦手だったし、あまりスマホ自体をいじっていないのだ。
簡単に待ち合わせの約束をしてチャットを終えて、伊吹はベッドに倒れる。
宿泊している1区のホテルはかなりの高額だったが、意外にも、大会期間中の観光客はまばらで、ほとんどが観戦客だった。
それでも、恋人の五輪での晴れ姿を見ようと、航空券、ホテル代、そしてチケット代ととんでもない出費をしたからには、伊吹としても、若利とパリを少しでも観光してみたいという気持ちはある。
「…絶対、俺のが落ち込んでるだろ」
ぽつりと独り言を言ってしまった。
今大会も男子バレー日本代表はメダルを取ることはできなかった。開催国フランスが金メダル、世界ランキング1位のポーランドが銀メダルと順当な結果ではある。
高校時代から今に至るまで、よく見知った彼らがどれほど努力をしているか知っている。だからこそ、彼らの目指した結果にならなかったことに、少し落ち込んだ。
しかし若利含め、いわゆるモンスタージェネレーションなどと呼ばれる同年代の選手たちは少し違う。中学時代の後輩だった影山をはじめ、宮城県内で、そして全国大会で目にした者たちが集中する今回の日本代表は、まさしくモンスターと呼ぶにふさわしい。
それは実力というだけでなく、バレーへの熱意だ。いや、熱意という一般的な言葉で表現するのは少し難しい。普通の人間がある一つのことに集中できる限度を超えている。
きっと若利も、五輪とはいえひとつの大会の結果にそれほど心を動かしてはいないだろう。世界三大リーグと呼ばれるポーランドのチームで活躍している若利にとって、ひとつひとつの試合や結果は過程に過ぎない。
むしろ見ているしかできないこちらの方が心を揺さぶられてしまう。きっと、それはバレーに限らずどのスポーツもそういうものなのだろう。
とはいえ、さすがになんと言葉をかけたものかと思ってしまう。恋人といっても一般人、そもそも交際関係は親しい者しか知らないことであり、伊吹は試合前後の選手と会える立場ではない。これが初めて、五輪の舞台をほかの国より早く降りた若利と会うタイミングとなる。
もっと言えば、直接会うこと自体が久しぶりだ。ポーランドにいる若利と、日本にいる伊吹とでは年に数回しか会えない。ポーランドは同性愛嫌悪が激しい国でもあり、一緒に暮らすことは難しいし、そう英語が通じる国でもないので仕事もない。伊吹が一緒に居を移すことは不可能で、自然、会うタイミングは若利の帰国に限られていた。
伊吹はスマホを手に取り、「明日何時に選手村戻んの」と聞こうとしたが、文字を打って、迷ったあと消してしまった。
会える時間の終わりを知りたくないなんて、自分がそういうことを考えるとは思わなかった。
ろくに改行も起こらないような簡素な文字列しか並んでいないチャットの履歴を眺めてしまうと、急に新しく吹き出しが追加される。即既読がついてしまい、慌てて確認すると、伊吹は少し驚く。
「明日は夕食を予約した。空けておいてくれ」という内容で、どうやら夜まで一緒にいられるらしい。てっきり、夕方には戻るものだと思っていた。
「了解」とだけ返して、今度こそスマホをベッドに放る。たったこれだけのことで気分が上向いているあたり、改めて、自分にこういうところがあったのかと新鮮に感じた。