変わらないもの−2
翌日、昼過ぎに二人はシャンゼリゼ通りの地下鉄駅、フランクラン=デ=ルーズヴェルト駅で合流した。若利は地下鉄1号線を西から、伊吹は東からやってきた。
「久しぶり、若利。っていっても、今回はそんな間空かなかったな」
「あぁ。元気か」
「うん、特に変わりなく」
駅の構内で、白人が多い中でも目立つ長身を見つけて声をかけると、相変わらず父親か何かのような挨拶を返してきた。ちなみに、二人ともシングルマザーの家である。
とりあえず、駅の出口に向かって歩き出す。平日の変な時間ということもあり、人はまばらだ。
「昼食った?」
「いや、まだだ。午前中ギリギリまで、日本のテレビの生出演を受けていた」
「そっか、選手村じゃなくてプレスセンターにいたのか」
テレビ取材などを受けるメインプレスセンターは、国際会議場であるパレ・デ・コングレに設けられている。日本時間で18時からのニュース番組に中継出演していたそうだ。
今大会、男子バレー日本代表のキャプテンを務める若利はしょっちゅうメディアに出ており、日本にいながら、遠く離れた若利の顔を何度も見たものだ。
おかげで、今年は若利と会う機会が多かった。取材や日本代表としての仕事で帰国することが多く、そのたびに時間を作って会ってくれたためだ。しかし、一回一回はほんの数時間程度の逢瀬であり、まとまった時間をとれるのは年末年始とオフシーズンの休養期間くらいである。
「じゃあなんか食べるか。希望は?」
「今年の選手村は動物性たんぱく質を取りづらい、肉が食べられると嬉しい」
「ん、分かった」
もともと大会期間中に会おうという話はしていたため、伊吹はすでにパリ中心部の店をいくつかリサーチ済みだ。幸い、伊吹は英語ができるため、アスリートにも適した食事ができる店を調べるのは苦ではなかった。
シャンゼリゼ通りを少し外れて繁華街に入ると、調べておいたレストランに入る。値段は手ごろながら、ヴィーガンやベジタリアンメニューも豊富で、バランスよく選ぶことが可能だ。
幸い店は空いており、明らかに選手っぽい見た目だったこともあって、快くスタッフに通してもらう。
席に着くと、ふと、昨晩悩んでいたことがまったく気にならないことに気づいた。なんと言おうかと悩んでいたが、会ったらすぐ、いつもの二人の空気になっていた。まさに杞憂だっただろう。
「…試合、チケット買えたやつは全部見た。相変わらず、見てて気持ちいいスパイクだった」
「そうか。見に来てくれてありがとう、伊吹が見ていると思うと気が引き締まった」
「そこは頑張ろうと思えたとかにしとけよ、見に来てたのが鷲匠監督でも同じ感想言えるだろそれ」
「それは…確かにそうだな」
若利らしいレスポンスに苦笑すると、若利も小さく笑う。
リラックスしたようなこういう笑顔は、基本的に伊吹と二人のときにしか見せない。朴念仁と言われることもある若利だが、伊吹の前では表情がよく変わる。
勝敗には触れない。試合に関しても詳しくは述べない。それはメディア対応で散々やっただろう。普段の二人の延長としてこの大会のことに触れたからこそ、若利もリラックスしている。
そうだ、伊吹と一緒にいるときくらい、一人の人間として自然体でいてほしいし、伊吹は若利がそうあれるようにしたいと思うのだ。
ひとしきり食事を楽しんだあと、若利はシャンゼリゼ通りの先に見えている凱旋門を指さした。
「伊吹、凱旋門に行こう。エッフェル塔は開会式で見られたが、凱旋門は動線上になかった」
「分かった。近いし歩こうか」
たびたび閉鎖されたシャンゼリゼ通り沿いの店は、バカンスシーズンということもあって開いていたり閉まっていたりとバラバラだったが、多くは営業中だった。
普段の二人からは考えられないゆっくりとした速度で歩きながら、近況報告やほかの知り合いの選手たちの様子を話し、たまに気になった店があったら入る。
幼馴染のノリで会おうとしていたが、これは普通にデートだ。
ちらりと左を歩く若利を見上げる。身長差はさらに開いて20センチ近く、体格は一回りどころではない差がある。
もともと貫禄のある見た目をしていた若利だが、大人になってさらに精悍な顔になった。背負う責任もそうさせているだろう。
簡単に会えた学生時代とは違い、今は二人が頑張って時間を作らないと会えない。バレーとともに生きる若利の道は、本来伊吹とは交わらないはずだったのだから当然だ。大人になって、プロになって、社会人になって、本当にいろいろと変わってしまった。