連載: the other rather together−邂逅


兵庫県、尼崎市。
瀬戸内海に面し、東に大阪市、西に武庫川を挟んで西宮市と接する街で、労働人口の大部分は市内南部の港湾にある工業地帯を中心に市内で働いている。大阪や神戸に挟まれた郊外の街ながら、ベッドタウンというわけでもない、そこそこに大きな街である。

もともと晴天率の高い瀬戸内、それも日本有数の工業地帯を海側に抱えていることもあって、夏ともなればうだるような暑さは体感にしてかなりの高温となる。空気は良いか悪いかで言えば悪いし、治安も良いか悪いかで言えば悪い。日本で最も治安の悪い自治体上位3%に入ってしまっているようなところだし、自転車はよくなくなるし、万引きやスリも多いが、しかし人々は義理人情に厚く温厚だ。

そして、伊吹がこの夏から暮らすことになった街だった。


***


杜の都・仙台から引っ越してきた伊吹は、現在中3である。その夏に引っ越すというのは、受験を考えれば大変なことであったが、再婚というどうしようもない問題もあって母とともにやってきた。これでも、待ってもらった方である。
農家として結婚した両親は、農家を継がずに仙台市内に引っ越して空手教室を開いたが、経営がうまくいかず家庭生活も破綻。中学2年のときに離婚調停を成立させると、伊吹は母とともに仙台市内で2人暮らしとなった。父に空手を仕込まれて黒帯の実力を持っており、伊吹自身は両親と仲が良い。両親も伊吹になるべく迷惑をかけないように調停を進めてくれていた。

かつて存在していた女性の再婚禁止期間は、現在の民法では、妊娠している場合に限り離婚後100日間を再婚禁止としている。妊娠さえしなければ自由になっており、母は離婚後、わりとすぐに再婚相手と出会った。
父とは今でも仲が良いからこそ、母がすぐに再婚したことに何も思わないでもなかったが、シングルの大変さは想像に難くない。その苦労を最も強いるのが母であることを考えれば、生活を保障され、かつ母が幸せになるのであれば悪くはないのだろうとも思った。
中2の冬には再婚の話は現実的なものになっていたが、伊吹は通っていた中学で所属していたバレー部で、中総体に出るまで待って欲しいと頼み込んだ。北川第一中学は宮城県内では強豪校で、伊吹はWSとしてエースを張っていた。

中学で選手は辞める、そう決意していた伊吹は、最後にやりきりたかったのだ。結果は白鳥沢学園中等部の前に辛くも敗れたが、後悔はなかった。
そうして、中3の夏になってようやく尼崎へと引っ越してきたわけである。

大阪市内で新幹線から在来線に乗り換え、さらに私鉄に乗り換えて尼崎市内に入る。武庫川の一歩手前、武庫之荘駅が再婚相手の家の最寄り駅だった。ここから歩いて10分ほどだという。駅前は特にビル街というわけでもなく、雑居ビルが並んでいる程度の質素な感じだった。市内では一番治安が良く人気らしい。逆に南側の工業地帯労働者の住む地区や、競艇場のある地区などは不人気で治安も良くはないそうだ。


「…あっつ……」

「暑いわねぇ」


母はのほほんと言った。穏やかな性格もあってあまり暑そうには感じないリアクションだった。
それにしても暑い。杜の都というだけあって、東北の首都でありながら緑が多くある街だった仙台は遥かに涼しかった。街並みも、仙台は支店経済都市という人口の入れ替わりの激しい街であったからどこか新しく小綺麗な感じだったが、古くからの街であるここはごちゃごちゃとしている印象だった。
だがそれが、なんとなく落ち着いた。

そして当たり前だが、道行く人々は皆関西弁である。仙台は標準語地域のため、よっぽど高齢の人と話すわけでもなければ方言自体聞く機会がなかった。
ここ数年で3度目となる引っ越しではあるが、ここまで違う地域に来るのは初めてで、期待より不安の方が大きい。

何より、再婚相手には1つ年上の男子の双子がいるということが気掛かりだった。兄弟がいたことがないため、距離感がまったく分からなかったのだ。なんとなく関西人のせっかちな感じというか、荒々しい感じというか、単純に方言から受けるそうした印象も、ゆったりとした標準語地域の仙台にいた伊吹には近づきがたい感じがしてしまっていた。




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