伊達工バレー部の裏番−1
春先というのは、案外雨が多い季節である。
とりわけ杜の都・仙台は雨が多く、春になって代替わりをした慌ただしい空気も、雨の湿度でどこか冷静になってしまうような気がした。
学校の三分の一が入れ替わる春、仙台市青葉区東部、仙台の中心部にある伊達工業高校においてもそれは同じだった。
圧倒的に男子が多い工業高校という場所をもってしても、寒さをともなう雨の日々はそのむさ苦しさをも湿り気を帯びたものに変えてしまう。
「伊吹!部活行こーぜ!!」
でかい声で話しかけて来た筋肉ダルマを除いて。
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朝倉伊吹は、仙台市内南部の太白区で母と二人暮らしをしている。いわゆるシングルマザーの家庭だ。両親が中学のときに離婚し、親権は母に渡った。父親とは今も仲が良く、父親に指導された空手の腕も鈍っていない。その空手を教える教室がうまくいかなかったことが離婚の原因となってしまったが、両親は伊吹のことを第一に考えて調停に臨んでくれていた。
とはいえ、シングルの家庭が厳しいことに変わりなく、様々な補助金などはあれど生活は楽ではない。伊吹が工業高校に通っているのも、なるべく早く就職するためだった。
伊達工業では、2年次から工業科専門科目においてコースに分かれる。電気系や機械系などいくつかあるコースのうち、伊吹は情報デザインを選択している。伊吹はこの春で3年になったが、3年次ではコースの授業はさらに増えて内容も深まる。成績優秀者はインターンに参加することができ、就職を希望する者は優遇されることが多かった。
前年度末、3月のうちにその対象者に選ばれていた伊吹は、すでに谷地クリエイションという会社でのインターンが決まっている。社長の女性は気が強い人物であるが、実力さえあれば年齢は関係ないという姿勢のおかげで正当な評価をしてもらっていた。
今年度、この学校での最後のクラスはA組で、あまり情報デザイン選択者は多くない。どちらかというと機械系が多いようだった。資格の専門書を持つ生徒が多い中、まだ部活に明け暮れる生徒もまた多い。部活も盛んな学校であり、とりわけバレー部は強豪校として知られていた。
伊吹はそのマネージャーをしている。経済的に選手をやる余裕がなかったためだ。ただでさえ奨学金で通っている手前、バイトもしながらとなるとマネージャーでギリギリだ。それでもやりたかったのは、伊吹が北川第一というバレーの強豪だった中学でバレーに打ち込んでいたからに他ならない。
同じA組には、バレー部でレギュラーをしている鎌先靖志がいる。筋トレ大好きなある意味工業高校らしい男子で、身長はバレー部らしく187近くある。いつも筋肉の話をしていた。
伊吹がちょうど170センチであるため、身長差は15センチ以上。だが、この学校のバレー部は代々「伊達の鉄壁」と呼ばれる強靭なブロックによって相手のブロックアウトなどの失点を誘うスタイルであるため、伊吹は基本的に見上げてばかりだった。
そんなバレー部は、現在代替わりにも慣れて新しいレギュラー陣のセットアップをどんどん調整しているところである。室内競技である以上、雨など関係ないはずだったが、雨がそんなバレー部の大事な時期に水を差そうとしていた。
クラス替えのよそよそしさも徐々に薄れつつある4月の半ば、雨が続く日々の昼休み。
先の身体測定で伸長が伸びていたことを自慢する鎌先を先ほど中線突きで沈め、伊吹の前の席で鎌先が項垂れているときだった。
「伊吹さん!!」
「うお、」
突然、教室後方の扉が以降よく開いて、やかましい声が響いた。伊吹は廊下側の後方だったため、もろにそれを聞いてびくりとする。伊吹の名前を呼んでいたこともあった。上級生たちの視線が一斉にその人物に向くが、すぐに逸らされた。
「…うるせぇぞ二口」
「そんなん言ってる場合じゃないっスよ!!」
入って来たのは明るい髪色をしたチャラそうな甘い顔だちの男子だった。バレー部の後輩で2年生の二口堅治だ。バレー部の問題児と呼ばれているヤツで、レギュラー入りしている実力はあるものの性格に難ありとされていた。当然のように二口も184センチという背の高さだ。
二口はずかずかと教室に入ってきて、後ろから二口とよく一緒にいるチームメイトも入ってくる。二口や鎌先よりも更に身長が高く図体のでかい、青根高伸という寡黙な男子だ。身長はなんと192センチ近くある。実に伊吹とは20センチ以上の差があった。
二口と青根はいつも一緒にいるしクラスも一緒のようだが、喋るのは二口だけだ。