キョリカン−1
東京都区部の北部にある、私立梟谷学園高校。様々な部活が強豪校であるこの学校は、バレー部が最も盛んで全国常連の強豪である。
夜遅くまで練習していた男子バレー部のメンバーが更衣室で騒ぎながら着替えているのを横目に、朝倉伊吹はマネージャーとして日誌を書いていた。
本来部誌は部長が書くものだが、およそ4か月前、新たに就任した部長の文字の汚さや内容の薄さに呆れた顧問が伊吹に託したのだ。頭を抱えた顧問が部誌を頼んだ春の日からときが経ち、先日梟谷学園は夏休みに入った。
その部長、木兎光太郎はやかましく着替えているが、もう部誌の存在は忘れているだろう。いつまでも上裸の木兎に、同じ3年生でレギュラーの木葉、鷲尾などのメンバーから注意が飛ぶが聞いていない。そんな子供っぽい部長にしてエースの木兎だが、全国で5本の指に入るスパイカーである。
そんな木兎にトスを上げるレギュラーのセッターは、スタメンで唯一2年生の赤葦京治。伊吹とは同じクラスだ。
「今日どうだった?」
赤葦は着替えの途中ながら、椅子に座ってボロボロの机で部誌を書く伊吹に尋ねて来た。落ち着いた綺麗な声は聴いていて心地いい。冷静さは声音だけでなく、プレースタイルもそうだった。2年でスタメンを張るだけある。木兎や3年生たちも一目置いていて、今では調子の上がり下がりが激しい木兎の機嫌をコントロールする世話係のようになっていた。
「レフト使い過ぎかな。いくら木兎さんがストレートもクロスも使い分けられるからって、こうもレフトに寄るとちょっと。尾長とのDクイック全滅。木葉さんとの平行は安定しねぇな」
「…褒めるとすれば」
「特にねぇかな。合宿で特訓するしかねぇな」
何の衒いもなく言えば、赤葦はため息をつきつつ「反論の余地なし」と言ってシャツのボタンを留めた。
3年のマネージャーがドリンクなどに徹しているので、伊吹は記録などを主に行っていた。もともと中学は宮城県の強豪の中学でWSとしてエースを張っていたこともあり、選手の目線で捉えることができた。
部誌を2年の伊吹に任せたのもそういう意図があってのことだろう。
「あかーし!伊吹!帰んねぇの?」
すると、着替え終わった木兎が鞄を背負ってでかい声で聞いてきた。すかさず、赤葦がそちらを振りかえる。
「先帰っててください」
「えー!てかそれ部誌か!忘れてたわ!」
「誰のせいで伊吹が部誌書いてると思ってんですか。俺手伝うんでどうぞ」
「俺も残る?」
純粋に部長として少し責任を感じたらしい木兎がそう申し出てくれたが、木葉がその肩を叩く。金髪っぽいチャラ男だが、空気は読める男だ。
「まぁまぁ。2年どうし、親交を深めたいんだろ」
「え、あいつらもともと仲いいよな?」
「木兎、赤葦だって敬語じゃない会話したいって」
更に、Lの小見も木葉とともに木兎の説得に混ざった。後ろでは猿杙と鷲尾が頷いている。もしやこれは、と伊吹が3年生の様子に察したところで、木兎は納得したのか「じゃあな!」と快活に笑った。
3年生たちが親指を立てて部室を出ていき、部屋には2人だけになる。伊吹は思わずため息をついた。
「…赤葦、まだ言ってねぇよな?」
「うん…バレるの早いな」
「そんな分かりやすかったか…」