キョリカン−2
実は2人は、つい昨日、付き合い始めたばかりだった。
男を好きになるとは思わなかった伊吹は、当然この感情を一生外に出すつもりはなかったが、赤葦が昨日告白してきたのだ。何の脈絡もなかったのだが、インハイが終わった直後という節目だったからかもしれない。
驚愕のあまり言葉を失った伊吹に、赤葦は告白が受理されるとは最初から思っていなかったようで、いつも通りの無表情だった。しかし、伊吹の頬に指を滑らせるなり、「絶対落とすから覚悟しといて」と言ってニヤリと笑ったのだ。そんなことを好きな相手に言われて伊吹とて冷静でいられるはずもなく、「最初から落ちてるわボケ!」と思わず返していた。
そうやってあまり情緒のない告白シーンの末に晴れてお付き合いすることになったのが昨日の部活後で、あのあとは冷静になるため別々に帰った。今日は初めて一緒に帰る。
とはいえ、これまで何度か2人で帰ったことはあったし、いつも部活後はレギュラーたちで帰っているため、新鮮さがあるわけではない。それでも特別な気がしてしまうのは、間違いなく浮かれているからだろう。
どうやら2人の進展を察しているらしい3年生たちが木兎を連れて帰ってくれたため、2人は照れ臭くも嬉しくもあった。
部誌を書いていると、隣に立っている赤葦が伊吹の手をそっと撫でた。大した接触ではないのに、それが特別な意味を持っているのは、関係性が変わったからである。
思わず隣を見上げると、ただでさえ182センチと伊吹より10センチ以上高い身長であることもあって、視線はかなり上になる。それに気づいた赤葦は、膝をかがめ、そして掠めるようにキスを落とした。触れるだけのバードキス。
「…、ヤバイ、可愛い」
「な、に言ってんだ」
「あー…自分がこんな浮かれると思ってなかった」
いつも冷静沈着な赤葦が、少し照れたように顔を逸らす。つられて恥ずかしくなった伊吹も部誌に目線を落とし、続きに何を書こうとしていたか忘れた。
「…何書こうとしたか忘れた」
「ごめん」
「ったく…早く着替えろよ、もう終わる」
その照れくささを互いに隠すように、いつものような会話をしてごまかした。
いつもより雑な書き方で部誌を終えると、ほとんど同じタイミングで赤葦も書き終わっていた。メニュー通りの練習に加えて自主練もしていたために、もう運動部も他に残っていないのか、学校は暗く静まり返っていた。
部室を出て、正門に向かう。普段利用している西門はすでに閉じていた。生徒の姿はなく、教室もどこも暗い。しかし東京の都市部の学校だけあって、周辺の街は明るくそれなりに喧騒がある。
「もうほとんど人いねぇな」
「怖い?」
「…お前さ、俺が空手黒帯だって忘れてんの?」
「……浮かれてんだって。察してよ」
また赤葦は顔をそむけた。暗くても耳元が赤いのが分かる。女扱いするつもりがあったわけではないようで、単純に好きすぎて心配してしまっているのだろう。こちらも照れるからやめて欲しい、と伊吹も思いつつ、2人は正門にたどり着いた。
そこで、赤葦が右手に曲がろうとするのを、その服の裾を掴んで引き留めた。ほとんど力など籠めていないが、赤葦はすぐに振り返る。
「どうかした?」
「……神谷の方じゃなくて、王子から帰んね?」
「…?別にいいけど、どっか寄りたいとこでもあるの?」
最寄り駅は王子神谷駅だ。地下鉄南北線の駅である。2人とも電車通学なので、いつもは徒歩で近い方の王子神谷を利用していた。伊吹が提案した王子駅は、南北線で王子神谷の1つ南にある駅だ。ここからは少し歩く。王子駅前はそこそこの繁華街になっていることもあって、寄り道をする場合は王子駅へ向かうのがこの学園の生徒の習慣だった。