キョリカン−3



「寄り道っつか…」

「あぁ、今日は南北線で帰んない?」


赤葦は普段こそ頭も良くてクールだが、たまにこうしてがっつり抜けている。そういう赤葦の、実は隙だらけなところが伊吹は好きだった。
ここは、察するだろうと伊吹でも思うのに赤葦はまったく気づいていなかった。


「ふは、赤葦って、ほんとそういうとこあるよな」

「えっ、」

「…浮かれてんだよ、俺も。察しろ」


掴んでいた服の裾から、手を赤葦の手に滑らせる。手を握る勇気は出なかったが、その綺麗な指先をそっと握った。セッターとして、優れたトスを何度も打つ指だ。
そこでようやく、赤葦も伊吹の意図に気づいたらしい。

余計に歩いて時間がかかる方の駅を選んだのは、ただ単に、一緒にいたいからだ。
そんなことも気づかなかった赤葦は、抜けているからということももちろんだが、それだけ伊吹の感情が強いと認識していないということでもあるだろう。伊吹がそんなことを言うとは思わなかった、という驚きの顔をしている。


「…俺だって、少しでも一緒にいてぇ、くらいのことは、思うんだよ」

「……ちょっと待って、マジで。ほんと、あー……可愛すぎてどうすればいいのか分からない」

「…お前、電車乗ったらすぐ降りるじゃん。少しでも一緒にいんなら、王子まで歩くしかねぇし」

「だから待ってって…てかからかってるだろ」

「そんなことねぇよ?」


矢継ぎ早に伊吹が畳みかけたため赤葦はいよいよ目元を隠してしまう。しかし伊吹の声音に楽し気な色を見つけたのか、赤葦は恨めし気にこちらを見やった。


「合宿始まったら朝から晩までずっと一緒だな。一緒に寝るか?」

「寝られるわけないだろ、理性が持たない」

「3年生がふざけて隣同士とかにしそう」

「……」

「……」

「やべ、マジであり得るな…」


軽いノリで言った伊吹だが、容易にそういうことをする3年生の姿が想像できて、2人して黙ってしまった。隣同士にでもなろうものなら、伊吹も赤葦も、ドキドキして寝られる自信がなかった。


「ま、疲れて意識飛ばすかもだし…そんとき考えるしかねぇだろ」

「そ、そうだね…とりあえず、帰ろうか」


いったん考えるのをやめて、2人は帰路についた。当たり前だが、伊吹は指から手を離している。だが、10歩おきくらいに肩と肩がぶつかったり、腕が触れたりしてしまう。無意識に距離が縮まっているようだった。
触れ合う度にドキリとしてしまう。寿命が縮まっているのではないかとすら思えた。
ようやく駅に着くと、混み合う駅前から地下鉄に入っていく。喧騒の中に身を置くと、少しだけ冷静になれた。

いつも通りの部活に関する話題を語りながら上りのホームに立つ。すぐにホームに電車が入ってきて、その大きな音と車内に入る動作のために会話は一瞬止まって、2人は他の客に続いて車内に入った。この時間の上りということや、大きな王子駅という場所もあって並んだ空席を見つけ、2人でそこに収まった。
進行方向側に伊吹が座り、右側には赤葦がいる。運動部で体格の良い赤葦が隣にいるため、完全に肩がくっついていた。その位置も大きくずれていて、座っていても身長差がはっきりと分かってしまった。

電車が入線したときから会話は止まったままで、扉の上に表示される案内画面には、数駅先で赤葦が下りる駅名が見えていた。もうすぐに分かれることになる。
赤葦はこのあとすぐ本駒込で降りて、伊吹は四ツ谷で降りて中央線に乗り換える。帰路の大部分を1人で過ごすのだ。一緒にいたからこそ、その空白を感じてしまう。

扉が閉まり電車が動き出すと、進行方向と逆に向かって力がかかる。普段、こんな力では伊吹の体幹はびくともしないのだが、なんとなく、体から力を抜いてみた。当然伊吹の体は慣性に任せて赤葦の方へ傾く。完全にもたれるわけではないが、ぐっと体が赤葦に押し付けられる感覚はした。赤葦は半そでで伊吹は長袖をめくっているため、腕は肌と肌が直接触れ合っていた。赤葦は発汗したあとのため、伊吹より表面の体温が低くなっていた。
運動した後であっても清潔な良い匂いのする赤葦にここまで近づくことはそうそうない。
そして人がたくさんいる状況もあって、それ以上の接触もまたできなかった。

すると、赤葦は抱えていた大きなエナメルのスポーツバッグを深く抱えなおした。伊吹が膝に乗せているスクールバッグもあって、2人の膝は鞄で埋まる。
その影に隠れるようにして、伊吹の手を赤葦が握った。エナメルとスクールバッグの下で、誰にも見えないように、赤葦の大きな手が伊吹の手を包み込むように握りしめる。先ほどは指先しかつかめなかったため、伊吹は身じろぎして動きが止まった。伊吹も中学時代はエースとして活躍するくらいやっていたし、空手は今も衰えないよう自主練をしているため、別に体格が細いわけではない。もちろん赤葦やレギュラーたちに比べれば細いが、普通の男子だ。それでも、腕の太さが伊吹よりも一回り大きい赤葦との体格差は明白だ。不思議と、それが不快ではなかった。

指と指が絡まる、いわゆる恋人繋ぎ。鞄から上では、2人とも何食わぬ顔をしているが、鞄の下では、2人の手はしっかりと互いの熱を伝え合っていた。

寝たふりでもしてもたれてしまえればいいが、さすがに伊吹にはそこまでする勇気はない。それに、すぐに赤葦は降りてしまう。

だから、相変わらず伊吹は若干の体重を赤葦にもたれさせたまま、握られた手を握り返すように力を籠めた。今はそれくらいしかできないけれど、まだ付き合って二日目だ。
少しずつ、距離を詰めていきたい、そう思った。




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