猛犬注意−1


2年になった春、伊吹は及川に呼び出され、部活の前に部室近くの廊下に連れ立った。
バレー部の部長である及川は、この春で3年となり、新たに主将の座についた。伊吹が中学のときも及川がバレー部の主将だったこともあり、あまり違和感はない。
先日、体制の交代に合わせてスタメンも発表され、インハイのメンバーはほとんど確定した。

伊吹は中学時代こそ選手だったが、今はマネージャーだ。及川が人気すぎることもあってマネージャーを募集していなかった青城のバレー部を、1人でサポートしている。
呼び出して何を話すのか、と思っていると、人気のない廊下で及川はにっこりとした。


「なんか告白みたいで照れるね」

「はぁ??????」

「ごめんて」


ふざけたことを言うなと睨む視線は先輩に向けるものではないのかもしれないが、もう今年で5年目となる付き合いだ、互いに慣れたやり取りだった。


「スタメンもレギュラーも定まって、チームはいい感じにスタートした。WSのマッキー、岩ちゃん、国見ちゃんは安定してるしMBのまっつんと金田一も高さがある。リベロの渡っちもセッター時代の良いトスで攻撃に幅を持たせられる」

「……及川さん、俺のクラスのメンバーまで目ぇ通したんすか」

「…ふっ、さすが伊吹、まだ触りしか話してないのにもう本題分かっちゃった?でも、単に部員名簿見て気付いただけだよ。伊吹のクラスに変なのがいないか見たのも確かだけど」

「おい」


話を察することができたのは、伊吹のクラス割りによるものだ。わざわざ最初にチームを褒めたのだ、順当に考えれば次は欠点を述べ、それにあたって伊吹への頼み事をするだろう。

今の青城の欠点は、決定力だ。宿敵白鳥沢の牛島のように、主砲がいない。全員のレベルが高い一方で、突出した者もいないのである。

先日、コーチの溝口が作成した部員名簿は伊吹も目を通している。レギュラーになれず辞めていった上級生たちの抜け穴と、新たに加わった新入生を更新したものの中には、部活に来ていないのに名前だけがある者がいた。
そいつとは、同じ2年1組だった。


「放し飼いにしてた狂犬ちゃん、連れ戻したいんだよね。ちょっと手懐けてきてくれる?」


***


京谷賢太郎は、青城バレー部のWSの1人で、伊吹とはこの春同じクラスになった。
学校には来ており、授業にも出ているが、部活には来ない。だが辞めてもいない。

実力の高い選手だったため、1年から試合に出ていたのだが、当時の3年はそれを良しとせず軋轢が生まれた。それを疎ましく思った京谷は部活を離れ、以来、参加していない。

見た目も中身も不良で、刈り上げた髪を金に染めて、黒い地毛のツーブロをラインのように2本、側頭部から後頭部まで入れている。
低い声は基本舌打ちくらいしか発さず、たまに3年の岩泉に喧嘩を売っては負けていた。人との関わりなどそんな程度で、とてもチームプレーに復帰できる状況ではなかった。

監督もコーチも、そして及川も、リスクを承知で京谷を戻すのだ。諸刃の剣ながら主砲として得点源とするために。

伊吹は、マネージャーながらそんな京谷が部活に戻れるよう手回しする役目を任されてしまった。
理由として、伊吹も見た目は不良であること、空手の腕が立つので危なくないこと、バレーもできることなどがある。

言われてみれば適任だが、伊吹は誰かを説得するほどコミュニケーション能力があるわけではない。それでも、託されたからには動くまでだ。
そうして、伊吹は京谷へのコンタクトを開始した。



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