猛犬注意−7
「すげ、超ぱらぱらじゃん、お前ずっと炒めてたもんな」
伊吹も感心したように炒飯を口に運んでいる。冷静に考えれば、家に人を招くのも、一緒に料理をするのも、自分の料理を食わせるのも、誰かの手料理を食べるのも、初めてのことだった。なんだかむず痒い気分になった京谷は、誤魔化すように口を開く。
「…お前、なんで俺んとこ来たんだよ」
「分かってんだろ。お前がチームに戻れるようにするため」
「…今は実力主義だっつってたな」
「おお。スタメンだって2人1年だし、レギュラーには1年2年のが多いぐれぇだし。でも、白鳥沢の牛島みたいな主砲がいねぇんだ」
「それで、ずっと部活離れてたやつ呼ぶのかよ」
「決定力がねぇからな。使えるモンは使うってだけだ」
伊吹は淡々と事情を話した。なんの衒いもない事実だ。その方が、京谷としてもやりやすい。一緒に部活をやろうというような青春ごっこは御免だった。
「俺は俺が気持ちのいいバレーするだけだ」
「お前にトスがいけばな。セッターだって選ぶ。信用がなく、失点と得点が半々のスパイカーにトスはやらねぇよ」
暗に、京谷はまだトスを呼ぶに相応しくないと評されているようだった。普通ならむかついているところだが、今日一日、マネージャーであるにも関わらず京谷に圧勝した伊吹の実力でもって言われると、素直にそうだろうと思えた。自分がセッターだったらそうする。
「心と心通わせて信頼し合わなくてもバレーはできる。信用さえしてればな。そのためには、お前がきちんと決められるスパイカーだって証明しなきゃなんねぇし、ウチはオポジット採用してねぇから、全員がきちんとレセプションもディグもできなきゃなんねぇ」
セッター対角、特別にオポジットと呼ぶときに意味するポジションだ。一切レシーブに参加せず、ひたすら攻撃をするためのWSである。採用している学校の方が少ない。
京谷が青城に戻るためには、信用に足る能力を身に着けなければならないということだ。
「お前のレシーブの精度を上げて、主砲たる京谷がサーブで狙われても繋げられるようにする。そんで、力任せのスパイクのコントロールを練習して、インナー含めて得点のが多いスパイカーにする。それが俺の仕事」
「…ご苦労なこったな」
少し嫌味も込めて、マネージャーなのに自分の相手をする役目を負わされた伊吹に同情するようなことを言ってやると、伊吹はポカンとした。
「なんで?別に嫌じゃねぇけど。お前、一緒にいて楽だし。まだ今日一日だけとはいえ、俺わりとお前のこと好きだけどな」
「なっ…!」
予想外の言葉に、京谷は血が顔に上るのを感じた。不意打ちでこんな素直なことを言うと思わなかったのだ。恐らく、心からの本心であったがゆえに、伊吹は照れることなく言ったのだろう。言おうと思って言葉を作れば、伊吹も臆面もなく言うことはなかっただろう。今回そうならなかったのは、言葉を脳内で構成するほど理性的な言葉でなく、ぱっと口から出た言葉であるからだ。
現に、冷静に自分の言ったことに気づいた伊吹は急速に顔を赤らめている。クールで目つきも悪いような不良っぽいヤツであるくせに、清と話していたようなことや今のような、外見からは想像できない優しさや穏やかな肯定が、ギャップとなってドキリとさせるのだ。
京谷は内心、クソ、と悪態をついた。男相手に思うものではない、可愛いという感想を抱いてしまった自分が嫌になるし、その感情の行きつく先が何となく分かってしまい、コントロールできない自身の心のままならなさを感じてしまった。
もし伊吹に落ちるようなことになれば、京谷は絶対同じ目に遭わせてやると、心の中でなんとも無意味な決意を固めていた。
昔の人は良く言ったものだ。
「惚れた方が負け」だと。