猛犬注意−6
京谷の前に突如として現れた伊吹という存在を、いまだに京谷は理解しきれずにいた。
クラス替えで同じクラスになったあと、突然「お前をボコす」と喧嘩を吹っ掛けてきて、そしてバレーで文字通りにボコされたわけだ。
顔立ちこそ整っているものの、目つきが悪く、態度も悪く、口も悪い。着崩した制服やガラの悪い歩き方など、京谷が言えたことではないが、完全に不良のそれだ。それにも関わらず、伊吹は学年トップの座に君臨し続けており、バレー部のマネージャーとして部活もきちんと成果を出しているようで、教師は態度の悪い伊吹を咎めることはない。
学内でも、伊吹は不良で怖がられているのに成績がいいと有名で、京谷でもさすがに顔と名前が一致するほどの有名人だった。そもそもこの学校に、あれほど柄の悪い生徒もそうそういないのだ。それこそ、他に京谷くらいである。
今年度は、京谷と伊吹が同じクラスになったことで、このクラスは他のクラスから同情されているらしい。京谷には知ったことではないし、まったく興味もない。態度からして伊吹もそうだったが、伊吹はバレー部という枠がある。
京谷も一応は在籍しているが、ほとんど顔を出していなかった。思い出すだけで腹立たしい3年生はいなくなり、進級した新しい3年生がいるのだろうが、上級生は皆同じだと京谷は思っている。実力がなくてもでかい顔ができるのだと。
しかし、京谷におもむろに話しかけて来た伊吹いわく、今の3年生はそういうやつらではないらしい。詳しく聞く前に、意外と脳筋らしい伊吹によって容赦のないバレーの練習となったため、いまだ聞いていない。
熱中するあまり、家がここから遠いことも忘れて夜遅くまで残ってしまった伊吹を、家が近い京谷が泊めることになり、現在京谷の家で夕食を作っているところである。
火力にものを言わせて炒飯を炒め続ける京谷と、隣で酢豚を作る伊吹。不良ないでたちの2人が揃って台所に並んでいるのはシュールとしか言いようがない。
ひたすらフライパンの上で炒飯を躍らせながら、京谷は帰り際に伊吹が言っていたことを反芻する。京谷が先に体育館を出たあと、ついてこない伊吹に気づいて早くしろと急かそうとして戻ったときだった。清と話しているのを、京谷は扉に隠れて聞いていたのだ。
「人と一緒にやる競技を、人のせいで嫌いになんの、悲しくねっすか」という伊吹の言葉には、ぶっきらぼうながら伊吹の優しさが滲んでいた。
一通り料理を終えた2人は、テーブルに適当に並べていく。京谷が作った炒飯と、伊吹が作った酢豚、ワカメのスープ。中華な夕飯だ。料理は苦手でないと言っていた伊吹だが、それにしてはかなり小慣れていておいしそうだった。
「うわ、俺と京谷でこんなん作るとかマジでおもしれぇな。呟こ」
すると伊吹は、おもむろに自撮りで夕飯と京谷、伊吹の姿を収めた。考え事をしていたため京谷は笑顔はおろか厳つい顔をしていたはずだ。
「お前、そんなんすんのか」
「初めてする。及川さんにアカウント作れって言われて無理やり作らされたけど、使ってねぇし。自撮りもダメだな、いや、これはこれで…」
ちらりと画面を覗くと、仏頂面の2人が囲むテーブルに美味しそうな料理が並んでいる構図だった。シュールさを伝えるという意味では非常に良い。少しスマホを弄っていた伊吹だが、すぐに作業を終えて椅子に座る。京谷も席に着き、箸を取った。
無言ながら手を合わせた伊吹につられて京谷も普段はしない動作をしてしまい、しまったと思いながら手を付ける。一口食べた酢豚は、酸味と甘みが非常によく調整されており、経験値が高くなければできない味がした。ひとことで言えば、かなり美味しい。