騒がしい朝に−1
満員電車に揺られながら、伊吹は最悪だ、と内心で毎秒1回くらいのペースで舌打ちをついていた。
今日の朝、東京郊外はパニック状態だった。東京を東西に貫く大動脈・中央線が人身事故で止まっており、沿線に住んでいた伊吹はバスで南側の私鉄に出て新宿へ向かっていた。もともと混む路線だが、代替輸送のせいでもはや途中で誰も乗れないほどだった。窓から見る限り、駅の外にまで人があふれていた。ホームに入れないのだ。
同じ私鉄の別の路線と接続する駅や、別の私鉄と接続する駅はもはや恐慌状態だった。
やがて終点の新宿駅に到着すると、そこは恐慌状態を通り越して地獄絵図。人でごった返してした。辟易としながらも、伊吹は乗り換えのためにノロノロと進む群衆の中を地下鉄・大江戸線に向かう。普段は中央線の各駅停車に乗って、そこまで混んでいない車内で快適に過ごしながら、東中野で乗り換えていた。しかし、今日は私鉄経由のため新宿を利用せざるを得ない。
まるで牛歩戦術のようなスピードで広い駅を進むこと実に10分、ようやく大江戸線にたどり着くと、こちらも大変なことになっていた。普段、大江戸線は東中野や新宿、飯田橋など何か所かで中央線と接続しているため利用者が分散するのだが、今日はほとんどの人々が大回りして新宿へやって来ているためか、大江戸線も改札から人が溢れそうになっている。
どの路線も郊外方向への下り線は混まない時間であるはずだが、幹線の運転見合わせによって私鉄への乗り換えを迫られた人々が振り替えているために下りであっても混み合っていた。
大江戸線の練馬・光が丘方面の電車すら2本見送ったところで、やっと伊吹が乗れる位置まで列が進んだ。ホームに滑り込んでくる電車はどれも混んでいる。
「……ん?」
ふと、入線してきた電車の扉が開いた、その中に、頭一つ以上飛びぬけた銀髪を見つけた。白シャツにベスト、ネクタイという制服は見慣れたものだ。
伊吹は車内に入ると、まっすぐそのでかい男子のところへ向かった。
「リエーフ」
「えっ、わ、伊吹さん!」
おはようございまっす、と大きな声で挨拶してきたのは、後輩で一つ下の灰羽リエーフ。ロシア人とのハーフで、同じ都立音駒高校のバレー部に所属する。といっても、伊吹はマネージャーだ。
「珍しっスね、伊吹さんが新宿から乗ってくるなんて。あ、中央線止まってるからっスか?」
「そう。ほんと最悪…」
どんどん人々が乗り込んでくる車内は、あっという間に満員状態となった。下りでこうなることは、まずない路線なのだ。
リエーフは笹塚から私鉄に乗って、新宿で大江戸線に乗り換えていると聞いたことがある。リエーフはいつも通りの通学のようだ。たまに、伊吹が東中野で乗ると同じ電車にリエーフが乗っていたことはあったが、こうしてドンピシャで遭遇するのは初めてだった。新宿から練馬春日町までしばらく一緒になる。
「お前はいいよな、そのでかさなら楽だろ」
「まぁ、楽っちゃ楽っスね!」
今も人々の視線を集めている背の高さ。194.5になったと言っていたから、伊吹とは24センチの差があることになる。ここまで差があると、170センチの伊吹の目線はリエーフの鎖骨よりも下になり、脳天がやっとリエーフの喉あたりになる。
普段は削れろと思っているが、今はこの満員状態での車内において、リエーフにくっつくことで混雑から少し逃げることができた。いつの間にか電車は東中野に来ていたが、それでもまだ混んでいる。大江戸線はもともと車体がかなり小さいため、利用者が少なくなっても混んでしまうのだ。
「伊吹さんは俺が守るんで!」