第三話: the Monster from Tikrit−6


まだ建物の中にはこちらへ向かう敵が数名いるが、彼らが窓に着くより先に伊吹たちは輸送機に乗れるだろう。車はようやく輸送機のそばに到着し、急いで一同は車を出る。2つのプロペラがついた巨大な輸送機は、機体後方の開口部から出入りする本格的なもので、中には白人が大勢乗っていた。

伊吹たちが乗り込むのを待っていたようで、乗るとすぐに床がせり上がって開口部が閉じていく。送ってくれた運転手はすぐに車に戻って引き返していた。機内は壁際にシートが並ぶもので、壁を背にして座ってシートベルトを締めると、輸送機は大きなエンジン音を響かせて上昇していく。


「伊吹、まだ魔法使いいそう?」

「いない根拠はねっすね」


右隣に座った及川に短く返すと、目を閉じて索敵する。銃口を向けている者はいるが、もうこの高度では届かないだろう。ランチャー類も見かけられない。そして他に、こちらに意識を向ける者もいなかった。


「…とりあえず狙ってるやつはいねぇっぽいです」

「朝倉、あの地下施設を破壊できるか」


すると、左側にいた烏養がそんなことを聞いてきた。伊吹の遠隔魔法を見て、上空からあの地下施設を破壊することを提案している。確かに、あの施設は残しておくべきではない。


「俺が責任はとる」

「…分かりました」


軍人ではない伊吹が破壊工作をする権限はどこにもない。ただ、力があるということだけだ。そして今はいかなる指揮下にもない自由状態でもあった。烏養に頷いて返すと、振り向いて小さく曇った窓から眼下を見下ろす。すでに高度はかなり高くなっていて、爆発を起こしても恐らく影響はないだろう。

再び伊吹は目を閉じて、座標を特定する。窓から事前に街を見下ろしていたからか、容易に病院と巨大な穴を見つけることができた。市街地南部、大統領宮殿の近くにある総合病院だ。確実に施設を破壊できるように、魔力の出力量をイメージする。


「…、うっ、」

「大丈夫!?」


突然、頭痛が頭蓋骨を揺らした。経験のないタイプの痛みに、伊吹は思わず呻いて頭を押さえた。すかさず及川が心配そうにしたが、伊吹は手を挙げて抑える。


「…っ、だい、じょうぶ、です」

「でも、」

「あれを、残すわけには、いかねっすから」


あんな凄惨な実験を行う場所をこの世に残しておいてはいけない。伊吹は必死で座標を維持して、爆発をイメージする。ガンガンと揺さぶられ、頭蓋骨を内側から殴られるような鈍い痛みが走るが、伊吹はついに魔法を発動した。



そのときだった。



背後の窓から一瞬、まばゆい光が差し込んだ。何かと思って、伊吹や及川、烏養など窓際の者たちが眼下のティクリートの街を見遣る。その瞬間、突如として機体に衝撃波が直撃し、大きく揺れた。悲鳴が上がり、左右に揺さぶられる。


「なんだ!?」

「襲撃、じゃない…!?」


溝口と直井はすぐに、これが敵の攻撃ではないことに気付いた。その視線の先は窓の外、巨大な火球が出現したティクリートだった。

火球は病院周辺の半径2キロほどを覆い、そしてすぐに煙に覆われる。火球を中心に市街地を放射状に衝撃波が襲い、追いかけるように土埃が立ち込めていく。ティグリス川も、基地も、畑も、住宅街も、すべてが爆風に飲み込まれていく。急激な大気の移動によって火球周辺は真空状態となり、そこに向かって周りから一気に空気が移動する。爆風は津波の引き浪のように逆流し、廃墟と化した市街地を舐めるように飲み込んだ。その空気に乗って吸い寄せられた空気中の水蒸気が、火球の熱で蒸発して雲を為し、火球が熱によって上空へと昇っていくその周辺を取り囲むように帯状のリングが出現した。それが火球の上昇にともなって2本、3本と増えていく。火球の下部も真空となり、空気を埋めようと爆風の砂ぼこりが火球に向かって吸い寄せられ塔のようにそびえる。


「……きのこ雲………」


呆然と呟いた及川の言う通りだった。

ティクリートを飲み込んだ巨大な雲は、今やきのこ雲を形成していた。機内の人々は誰もが唖然としてその異様な光景を見つめる。


徐々に、何が起きたかを理解した伊吹は、体の内側の温度が下がっていくのを感じる。手が震えて、いつの間にかやんでいた頭痛の代わりに、頭は白く霞む。あの下には、20万人以上に及ぶ市民がいたはずだった。すぐに避難手段を手配してくれた警察も。

機内前方の放射線測定器は沈黙しており、あの爆発が核爆発ではないことは分かっていた。核反応ではなく、ただの爆発という事象でしかない。しかし、自分が奪ったであろう命の数の多さをようやく頭が理解し始めたとき、それ以上の理解を拒否したように、伊吹の意識は急速に遠のいていった。


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