第一話: Not in the Combat−1
第一話: Not in the Combat
イラク共和国北部、キルクーク県の県都であるキルクークが、今の伊吹の職場だった。
5月であっても肌を焦がすような太陽が照り付ける砂漠の都市で、この時期でも気温は30度を超える。砂漠の都市は「一日の中に四季がある」と言われるほど寒暖差が激しいが、この時期は最低気温が20度程で10度もの差が日々続く。
石油都市であるこの大都市は、人口70万人を超え、クルド人が多数を占める。そのほかにトルクメン人やアルメニア人、アッシリア人、アラブ人など、おおよそこのイラクという国に暮らす様々な民族を構成するものとなっていた。最大民族であるクルド人は、国を持たない世界最大の民族と言われ、シリア、トルコ、イラン、イラクに跨るクルディスタンと呼ばれる地域に数千万人が暮らしている。
100億バレルとも言われる莫大な石油が眠るこの街の利権を手に入れようと、かつてはスンニ派のアラブ人が、続いてシーア派、クルド人と支配者が変わってきた。そして、クルディスタンの南端にあたるこの街は現在クルド人によって大半が支配されていた。
とはいえ、2010年代の内戦を経て街の利権はようやく中央政府に移管され、クルド人は人口的な支配こそあれ武力などで他の民族を侵害することはなくなった。内戦中や米国による旧共和国の打倒後は、クルド人によるアラブ人の虐殺や追放があったものの、今は落ち着いていた。
北の商都モースルとは違い、内戦で市街戦とならなかったことが幸いし、都市の治安は比較的良好だ。それでも、積年の民族対立は簡単に消えるはずもなく、いつこの街がまた紛争の火を噴くか分からない。それを防ぐために、伊吹はこの灼熱の石油都市にやってきたのだ。
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国連イラク・シリア監視団/
UNIASSM(United Nations Iraq and Syria Supervision Mission)は、2010年代にこの地域で繰り広げられた凄惨な内戦の戦後処理のために国連が派遣したPKO(平和維持活動)である。
武装組織の武装解除から治安維持、選挙の実施やインフラの回復、不発弾処理など多岐にわたる任務があるが、伊吹が参加しているのはNGO「多文化共生社会のための青写真」としての仕事だった。
大学院を出たあと、このNGOで働き始めた伊吹は、主に紛争後の地域で民族対立感情を教育によってなくし、多文化共生による紛争の芽を摘むことを仕事としている。今年で25歳になった。これまでレバノンやバングラデシュなどで経験があったが、PKOの一員として派遣されるのは初めてのことだった。とはいっても、やることはこれまでと変わりない。
もともと砂漠の街は多文化共生が根付いている、ここ半世紀の戦争による対立感情をなくすことは難しいことではなかった。
キルクークに来てから1か月、伊吹は慣れたようにホテルの自室からフロントの前を通り、エントランスから出てピックアップエリアに立つ。時間通りにやってきた国連の車は、白い車体に青地で書かれたUNという文字もくすんでいる。しかしそこから現れた迷彩服の背の高い男は、茶色く何もかもが汚れたこの街であってもその端正な顔を輝かせていた。
「おはよう伊吹、今日も暑いね〜」
「…はざっす、及川さん」
日本国防陸軍所属、三等陸尉の及川徹は、UNIASSMのPKF(平和維持軍)を構成する多国籍軍に加わっている国防軍の軍人だ。ライフルを両手に抱え出てきた及川は、そのいかつい見た目にそぐわず顔がいい。青地に白くUNと書かれたヘルメットは決して洒落たものではないが、不思議と格好良く見えるほどだ。
国防軍は、この1か月にわたるキルクークでの任務で、伊吹たち文民の警護を担当している。他にもフィジー軍やフランス軍などがキルクークに展開しているが、治安維持や検問維持などのより危険な仕事をしている。市街地で文民保護をしている警察レベルの仕事しかしていないのは、ひとえに日本だからだ。いくら自衛隊が憲法改正で名前を変えていても、本質は変わっていないのだ。
車に乗り込むと、及川と同じくこの1か月で仲良くなった国防陸軍の牛島若利と木兎光太郎がいた。2人とも及川と同じく三等陸尉だ。3人は揃って伊吹の1つ年上だが、気さくにしてくれていた。運転席に牛島、後部座席に木兎がいる。助手席に及川が座り、伊吹が木兎の隣に座ると、やかましく挨拶してきた。
「おはよー伊吹!!今日もいい天気だな!!」
「いつもいい天気過ぎっすけどね、ここは…」
「まあな!」
うるさくしないと気が済まないのだろうか。牛島は落ち着いて「今日も総合病院の方の学校でいいか」と聞いてくる。左ハンドルの外車を操る姿が様になっていた。
「頼みます」
「分かった」
短い会話が切れると、すぐに及川と木兎との会話が始まる。こんな朝が、日常となっていた。