第一話: Natural Right−1


第一話: Natural Right(自然権)




静岡県御殿場市・富士駐屯地。


ベルリンから帰国した伊吹たちは、残っていたメンバーに温かく迎えられて寮に戻り、ようやく息をつけた。さすがにそれぞれ疲労が蓄積していたようで、しばらくはSecretの隊員は疲れた表情を残していた。

一方で帰国から5日ほど経過し盆休みも過ぎた8月後半になると、世界情勢は再び緊張し、連日のようにテレビは凄惨な映像を流した。


VASNAによる世界各地でのテロが、毎日のように発生しているのだ。


伊吹も自室でニュースを見ているが、他の隊員たちもそれぞれ談話室のテレビなどで状況は確認していることだろう。

世界で最初の魔法テロはバンコク・スワンナプーム国際空港魔法テロ事件だった。その後、ベルリンの首脳会議を狙ったベルリン同時多発魔法テロ事件が起きてVASNAが犯行声明と世界への宣戦布告を行った。

あからさまに伊吹への崇拝を表明していたこともあって、世界中で魔法、ひいては伊吹に対する反感は強まっていたが、そんな中で世界中で魔法テロが起こるようになってしまった。
ベルリンの次に発生したのはモスクワ、赤の広場の半分が吹き飛ばされ、特徴的なネギ状ドームが崩れ落ちていた。翌日はリオデジャネイロ、ミネアポリス、パースで、さらに次の日にはバンガロール、ホーチミン、釜山、天津と連続し、昨日はついにニューヨークとロンドンでテロが起きた。


「…今日はバルセロナとカイロ、ドバイ、テヘランか」


スマホを見れば、尖塔が崩落するサグラダファミリアや炎上するブルジュ・ハリファがニュースを飾っている。まさに無差別的だ。
この5日間の死者数は800人、恐らく今日これから新たにテロが起きた4都市でさらに死者が出ることから、1000人を超すことになるだろう。魔法テロといっても主に魔法兵器によって引き起こされているようで、テロを起こした犯人たちは魔法使いとしては低級だ。もし伊吹たちが同じテロを起こせば初日で数万人は命を落とす。軍に所属する魔法使いとはそういうレベルなのである。

さらに、ここ数日急激に勢力を伸ばしている組織があった。VASNAが魔法至上主義団体である一方で、魔法に反対する組織もあり、その一つが世界中で行動を起こしている。
普遍的な種としての平等を求める人類評議会CHREUS(クレウス)(Council of Human Requiring Equality as a Universal Species)といい、もとは第三次世界大戦中に発足した反戦運動の組織だった。

日本本土侵攻によって魔法科兵の存在が明かされ、各国が配備して戦争が新たな段階に至ると、前身組織は魔法という未知の戦力を拒否し、各国に対して魔法科兵を動員しないよう求める運動を開始した。こうして団体はCHREUSを名乗るようになり、バンコクでの魔法テロ以降、魔法の悪用を恐れた人々の支持を獲得していく。
そして現在、相次ぐ凄惨な魔法テロによってCHREUSの勢力は急拡大し、各地でデモや抗議活動を行うようになった。CHREUSには既存権益を守るために学者や技術者、IT企業などが賛同したほか、神を冒涜するとして各宗教からも賛同されている。

CHREUSの主張は基本的に魔法科兵の動員を中止するよう求めるものだが、VASNAへの厳しい対応や魔法技術の利用の禁止、IMAの廃止なども含まれる。そして、CHREUSの中でも過激派は伊吹の「殺処分」すら求めていた。
ソウルや北京、サンフランシスコ、プラハなどでは現地のCHREUSメンバーが伊吹の殺処分を求めるデモを日本大使館前で行い、日本で報道されている。

これらを受けて、当然国防軍には国内外からメディアの問い合わせが殺到しているが、日本政府の態度すら曖昧な今迂闊なことを言えるわけもなく、国防軍の広報は沈黙している。

ジュネーヴ終戦条約や横浜議定書が締結された頃、伊吹は世界から厄介者扱いされる中で少しだけ牛島に頼ってしまったが、国防軍という立場から、いつまでも頼れないと自分に言い聞かせていた。
今、本当にあのとき考えていた通り、じわじわと世界から伊吹の居場所がなくなりつつある。牛島とは口論になったままでろくに会話もない。

もしこのまま伊吹がここにいられなくなれば、伊吹は一人で、自身の罪を向き合っていくことになる。その事実が、心に重くのしかかっていた。


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