最終話: people have been people−8
あの日、牛島が言った通りになった。本当に、この街は伊吹が行ってきたことを元に復興してくれた。確かに電力などのインフラすら復興途上にある。それでも、人々は人種も宗教も超えて、一つの都市としてコミュニティを築いていた。
銃口を向け合った民族同士が、笑顔を向け合っていた。
「……若利さん、一瞬だけ、時間ください」
伊吹はそう言って、隣に立つ牛島にもたれた。牛島は正面から分かっていたようにそれを受け止め、牛島の胸板に額を寄せる。
この言葉を言ったのは、2年前のこの街と、半年前のライプツィヒ攻撃のとき以来、3度目となる。
いつも牛島は無言で受け止めてくれたが、今回は上から返答があった。
「一瞬じゃなくていい。好きなだけそうすればいいだろう。もう、そういう関係なんだから」
「そう、っすね。ありがとう、ございます…」
ついに、こみ上げてくるものを抑えきることができなくなった。
ファーティマたちと再会してからずっとすんでで堪えていたものが、牛島の温もりと、抱き締めてくれる優しさに、目元からあふれ出してくる。
ボロボロと零れる涙は牛島の制服に吸い込まれていき、足下の乾いた土地を濡らしていく。
伊吹は喉の引き攣るような感覚に任せ、牛島にきつく抱きつく。背中に回った太い腕は伊吹を守るようだった。
「ッ、無駄じゃ、なかった…ッ!みんな、生きてた、笑ってた…っ、」
「っ、あぁ、そうだな」
「おれ、俺、ここで、この街のために、なれたんすねっ、」
「あぁ、そうだ、伊吹はちゃんと、この街のために生きていた…!」
「っ、ぅっ、ぁ、あああぁぁ…っ!!」
涙をこんなにも流したのは北九州以来だ。嗚咽を漏らしたのなんて、いつぶりだろう。恐らく、怪物だと呼ばれ始めた、目黒駐屯地で牛島に「殺してくれ」と頼んだときぶりかもしれない。
しかしいずれも、今とはまったく違う状況だった。深い悲しみによる慟哭だった。
今は違う。今、伊吹の感情を突き上げているものは、この2年間ずっと伊吹を苦しめていたものから解き放たれた安堵と、真に自分のことを認めてやれた喜びだったのだ。
どれほどそうしていただろう。
ようやく落ち着いた頃には、すっかり空に太陽の面影はなくなっていた。目元を拭おうとした手は牛島に止められ、代わりに牛島の指が優しく伊吹の目元を撫でた。
そっとその精悍な顔を見上げると、牛島は小さく微笑んだ。
「落ち着いたか?」
「…はい」
伊吹は短く返してから、視線を星空に移す。満天の、とまではいかないが星で満ちる空を見つめる。
「……この街に来なければ、俺は魔法使いにはならなかったし、いろんなつらい目にも遭わなかったでしょう。ラギーフの陰謀だって、早かれ遅かれ阻止されていたはずです。俺がいなくても世界は回った。でも、俺はキルクークに来て、今があります」
「あぁ」
「この街に来たことが不幸だったのかもしれない。でも俺はそう思いません」
「こうして人々のためになれたからか?」
「もちろんそれもあるんすけど」
伊吹はそこで一度言葉を止めて、目元を撫でていた牛島の手を握る。応じて伊吹の手を包むように握り返してくれたその顔を、今度は少し体を離して正面から見上げた。背後にはキルクークの薄い明かりと、星空が広がっている。
「キルクークに来たから、若利さんに会えた。それが、俺の人生で最も幸福なことだったんだと、今は思います」
「っ、伊吹、」
「人々のためになれた。世界を救う手助けができるようになった。…あなたに会えた。全部、キルクークが俺にくれたものです」
ようやく伊吹も笑えた。牛島に微笑みながら視線を向けて、そして、ずっと言いたかったことを口にした。
「俺はきっと、世界で一番幸せです」
Go! Move! Fire!