最終話: people have been people−7
「……あの戦争があっても、みんな一緒なんだね」
「そうだよ!先生が言ってたから!」
「俺が?」
「そう!」
そうして子供たちは、口を揃えて言った。
People have always loved people, that’s why people have been people.と全員が言ったのだ。もう2年も前のことなのに、伊吹が言ったことを正確に覚えていてくれた。
それを見て、伊吹は言葉に詰まる。ファーティマは優しい声音で口を開いた。
「キルクークでの戦いが終わったのは、戦争勃発から1年ほどしてからでした。そのあとは、戦線は南へと進み、市民は復興を始めました。そのとき、子供たちがみんな言ったんです。『いつの時代も人は人を愛してきた、だからこそ、人は人であったんだ』と。クルド人やシーア派の住民が住む地区を分割する案もありましたが、そうしたことはせず、前と同じように人種が複雑に入り交じった都市計画となったんです」
「そう、なんですか…」
「えぇ。そして、キルクーク特別市となって最初の議会選のあと市政憲法が制定されましたが、その中で、キルクーク特別市は必ずクルド人、スンニ派、シーア派の政党から党首が3人で市長を務めることになりました。2年前子供たちだった若者がそう主張したのです。多くの市民の支持を得て、この街は多様性を選びました」
この教室にいる子供たちはギリギリ高校生だが、大半の子供たちはすでに卒業している。
彼らは、伊吹の言ったことを覚えていてくれた。そして、この街の復興と、特別市としての法制定においてそれを活かしてくれたのだ。
「あなたのおかげです、朝倉さん。あなたがこの街に来てくれて、本当に良かった。そして、こうしてあなたに直接お礼が言えた。神は私たちを祝福してくれたのです」
「…っ、はい…!」
目元が緩むのをなんとか堪えて答える。分かっていたファーティマは、「さあ授業に戻りましょう」と生徒たちを着席させる。そして自身も教壇に向かいながら、伊吹に微笑んだ。
「また会いましょう、朝倉さん。あなたの行く先に神のご加護があらんことを」
「っ、はい、あなたも、キルクークの人々にも…!」
そう返して、なんとか笑顔を向けた。
同じく笑顔で礼をしたファーティマと生徒たちに手を振ってから、伊吹は廊下に控えていた牛島のところに戻る。そして、伊吹は「行きましょう」とだけ言って牛島と校舎を後にする。
そうして車に戻り、なんとか切り替えて他の学校にも回った。
他に2つの学校に伊吹はNGOとして授業を行ったが、どの学校でも、伊吹を覚えていた教師や生徒に歓迎された。そしてファーティマと同じことを話してくれたのだ。
行く先々で伊吹が生きていたこと、再会できたこと、何より直接礼を言えたことを、神に感謝していた。
やがて市内を回り終わった4人は野営地に戻った。口数が少なくなっていた伊吹に、及川と木兎も察したのか、車を降りてからすぐにテントに戻った。
残された牛島と伊吹は、車から降りて、とっくに脱いだままにしていたヘルメットを車内に置いたまま、すっかり日が暮れて暗くなろうとしていた空の下に出る。
「…少し歩こう、伊吹」
「…はい、若利さん」
牛島に誘われて、伊吹はテントの群れから離れて、野営地の端に歩いた。2人きりのときは名前で呼ぶようにしており、名前の呼び方を変えることが2人の距離感を調節するトリガーとなっていた。
牛島と2人、群青色の空にちりばめられる星を見上げる。
「2年前より、たくさん見えますね」
「戦前の電力供給水準の60%ほどしか電力が届いていないからな。南部は特にインフラ被害がまだ復興していない」
2人の背後にあるキルクーク市街地南部地域はまだ復興が途中で、北部よりもかなり暗い。それもあってか、夜空はかつてよりも多くの星々が輝いていた。
「……どの学校も、俺がやった授業のこと、覚えてくれてました」
「そうだろうな。街の様子を見ていれば分かる。かつてのように、いや、むしろかつてよりも人種が混じっている。市議会の構成も、市長が3人いるのもな」
「…この街から撤退するとき、若利さんは俺に、NGOとしてやってきたことは無意味じゃないと、俺がここで教えたことを元に復興してくれるって言ってくれました」
「覚えている。事実、そうなったな」
「…はい。本当に」