第四話: the 2nd Shimonoseki Campaign−12
「…NGOとしてモースルを訪れたときに見た、不発弾で亡くなった子供の遺体も、東グータで見た、塩素ガスで亡くなった子供の遺体も、コックスバザールで見た、餓死した子供の遺体も、全部、同じだったはずなんです。なのに俺は、今日ほど悲しい気持ちにならなかった。あの子たちの家族に思いを馳せることなんてなくて、その悲しみが同質のものだと、今初めて理解しました。場所が中東や途上国っていうだけなのに、人種が違うだけなのに、それなのに、こうして日本の子供が同じ目に遭って俺は初めて、これが人として普遍的なものであるはずだと実感したんです」
イラクのモースルで見たクルド人の子供も、シリアのダマスカス郊外で見たアラブ人の子供も、そしてバングラデシュのコックスバザール難民キャンプで見たロヒンギャ族の子供も、同じはずだった。子を思い、失って嘆く親の気持ちに、人種も国も関係ないはずだった。それに思いを馳せることに、本来そんなものは必要ないはずだった。
しかし事実、伊吹は日本人の子供が同じような目に遭うまで、ここまで強い同調と共感による悲しみを感じたことはなくて、多様性を標榜する団体で活動していながら自分が知らずに持っていた偏見のようなものを突き付けられた。まるで、彼らがそういう目に遭うことは「ごくありきたりで自然なこと」だと思っていたかのようだった。
「……これじゃ、ほんとに、怪物じゃねぇか………」
自分の人としての至らなさが、怪物と呼ばれ、平然と残酷な魔法を使い、11万もの命を奪った事実と重なる。魔法が使えるようになる前からずっと、伊吹は自分が人ではなかったかのように感じられたのだ。
牛島は黙って聞いていたが、伊吹の後頭部を撫でると、ようやく低い声を発した。
「こればかりは、難しい。俺には今の伊吹を慰める言葉がないし、きっと伊吹はそれがなくても自分で立ち直れるだろう。だから、俺は言いたいことを言おうと思う」
「……、はい」
「函館でも言ったが、俺は、そういう伊吹の誠実で優しいところが好きだ。平和のために生きてきて、戦争のために手を汚す現状に苦しむその心の在りようが好きだ。各地で子供の遺体を見た、それだけで、自身の無意識に気付いて、悲しむと同時に自らを責める誠実な考え方が好きだ。自分を怪物だと言いながら、だからこそ人であろうと人にまっすぐ向き合い続ける姿勢が好きだ」
「う、しじま、さん…」
牛島は次々と伊吹の好きなところを述べていく。慰めることは確かにしていない、優しい言葉をかけようともしていないし、伊吹の心に共感することすらもしていない。しかし牛島は、伊吹を、全面的に肯定している。「好きだ」とはっきり伝えることで、伊吹の存在そのものを、伊吹が伊吹自身をどう思っていようとも、なんであれ好きだと言ってくれているのだ。
「どんなに悩んでもいい、迷っても、結論が出なくてもいい。その葛藤ごとすべて、俺は受け入れる。もしその状態が苦しいと言うなら、今みたいにすべて俺にぶつければいい。俺はそれをすべて、好きだと言って受け入れるだろう。それだけは忘れないでくれ」
思わず顔を離して牛島を見上げると、精悍な顔が見下ろしてくる。その瞳は、どこまでもまっすぐで、そして伊吹への優しい愛情に満ちていた。本当に言葉通り、いや、言葉以上に、伊吹を愛しいと、瞳が雄弁に語っていた。
生きていて、こんなにも肯定しもらえることなどあるだろうか。こんなにも汚いと思っているところを見せているのに、牛島は、そんな伊吹を好きだと言っている。普段から思った通りの事実しか言わない牛島だからこそ、伊吹はそれにひどく安心できた。その安心感と、すべてを受け入れてくれる優しさに、伊吹の目からぼろぼろと水滴が零れ落ちる。ずっと今日一日耐えていたものだったのだろう。
再び牛島に深く抱き着けば、牛島に頭を撫でられる。これほどまでに誰かを愛しいと感じたのは、初めてだった。