第四話: the 2nd Shimonoseki Campaign−11


伊吹は秋の風が汗を乾かしていくのを、冷えた頭皮に感じながら、そっと牛島の胸元に顔を埋めた。無意識にぎゅっと牛島の迷彩服の腰あたりを握り締める。牛島はそれを見て、包み込むように抱き締め直した。その温もりに目を閉じて、そして口を開く。


「……函館で、艦隊を無効化するとき、牛島さんにフォローしてもらわなかったら、きっとティクリートと同じことをしてました」

「戦闘らしい戦闘は今日が初めてだ、仕方ないだろう」

「…あのあと、助けた民間人に言われたんです。「人の心はないのか」って」

「なんだと」


むっとしたような牛島の声音に苦笑する。普段は感情はおろか表情すらそうそう変わらない、及川いわく「朴念仁」のくせに、伊吹のことには敏感だ。


「俺が悪いんすよ。函館駐屯地に努める軍の友人がいるっていうやつで、透視で死体しかねぇって分かってたから、みんな死んでるってニュアンスのこと言って諦めさせようとしたんです。俺にとっては可視化魔法で見たものは事実でしかねぇけど、普通の人にすりゃ、可能性を否定されただけだ。何より、あんときは、危ねぇから黙って逃げろって言えばよかっただけなんです」

「……なるほどな。確かに、その文脈であれば不自然には思えないな。伊吹には特別、傷つく言葉だったんだろうが、それは知る由のないことだ」


牛島の言う通りだった。伊吹も函館で理解していた。言い方がつい冷たくなっていたのは伊吹の方で、ただ友人を心配していた日向たちに対してあまりに配慮がなかった。そして、「怪物」と蔑まれる伊吹に「人の心がない」と言うことがとりわけダメージがあるということは、月島に分かることではない。


「強いて言えば、誰が悪いとかじゃなかったと思います。でも、駐屯地にいた兵士がほとんど亡くなってるのを見て、人を助けられなかったら本当に怪物になっちまうのにな、って」


人を助けられなければ、ただの殺戮兵器となってしまう。その意識があったから、たくさんの遺体を見て、なにもできなかった事実が伊吹の心を突き刺した。


「そんで北九州に移って、救助活動する中で、陸軍の兵士が1時間近く1人で瓦礫を支えて民間人を守ってんのを助けて。そのあと上陸部隊と交戦して、市民に視覚的な影響がねぇように、海中の兵士の脳漿を頭蓋骨内で爆破して殺しました。確かに、見た目にはダメージは負わねぇと思いますけど、自分のしたことに気付いて我に返ったんです」

「無線の声が揺れていたのはそのせいか」

「……自分では、そんな意識なかったっすけど。タイミング的には、そっすね」


市民のためと言って、伊吹がしたことはあまりに残酷だ。それを、平然と実行していたことに、躊躇いもなくできたことに、戦慄した。


「何の力もないのに瓦礫を支えて民間人を守ってみせた兵士がいるのに、俺はいたずらに残酷な方法で敵を殺してて。牛島さんが「無駄遣いは感心しない」って言ってるのを聞いて、余計、自分のしたことは、俺は、」


声が震える。迷彩服をつかむ指先が冷える。牛島が抱き締める力が強くなり、伊吹は平静を保とうを息を深く吸った。


「……さっき、学校で女の子を助けたとき、瓦礫の合間に他の子の遺体がありました。それを見て、親のことを考えました」


瓦礫から飛び出した、土に汚れた上履きを履いた細い足。机とコンクリートに挟まれた顔にかかる前髪のピン止め。彼らが普通の親のいる一般的な家庭にいたとして、きっと上履きのサイズが徐々に大きくなっていくことや、女の子らしく振る舞いたがる心の成長を見て、我が子の未来を描く親がいたのだろう。無残に消えた未来の数々。


しかしそれは、今まで日本から遠く離れた場所で、毎年のように起きていたことだった。


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