第一話: City of Light−1


第一話: City of Light(花の都)



ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州・州都ハノーファー。


ハノーファー中央駅から南西に向かって伸びる大通り、バーンホフ通りは、通りの中央部が地下の吹き抜けとして穴となって開いており、地下道であるニキ・ド・サンファル・プロムナードを見下ろすことができる。その地下道の中のレストランに身をひそめ、パウル・ヴォルベルクスはアサルトライフルHK433を抱え直す。ドイツ軍に従軍し、現在はドイツ軍を含むEU軍の一員として作戦行動にある。

EUが成立して以来、EU軍が組織されたことは一度もなく、初のEU軍が組織されたときにはすでにEUの東半分が敵の手にあった。

第三次世界大戦勃発から1年と10か月が経った現在、ロシアは当初占領していたフィンランドやバルト三国、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリアなどから西へと侵攻を開始してドイツ領内に侵入しており、北西部の州であるニーダーザクセンの州都であるこの街に攻撃を与えていた。

とはいえ、ポーランドから電撃的にドイツに侵攻したロシアとの衝突が始まった頃には、ドイツ全土で避難が始まっており、特に戦線から離れたハノーファーの住民は大半が郊外に避難していた。金のある者はスペインやポルトガル、さらには米国や豪州へと脱出している。ベルリンから一気にハノーファーまで攻め込んだロシア軍は現在、ハノーファー東部でのドイツ軍の防衛線を突破して中心市街地に突入し、中央駅を破壊してバーンホフ通りを進んでいた。

市街地の被害は大きく、地対地砲撃によって通り沿いに整然と並んでいるビルの一部が崩れ落ち、煙を上げている。

3月の北ドイツはまだまだ寒く、どんよりとした雲が立ち込めており、その空に黒煙が立ち上る景色はあまりに武骨だった。そんな静まり返ったハノーファーをロシア軍が進む中、市街地に展開していたドイツ軍は反撃のときをじっと待っていた。


Feuer(撃て)!』


そしてついに待ちわびた指示が無線から聞こえた。パウルは両隣の仲間とともにバッと姿勢を翻し、レストランの中から窓際に走り、そして頭上の通りを歩くロシア軍に向かって最新のHK433を放った。窓ガラスがプロムナード全体で割れる激しい音が響き、すぐに銃声が地下道を満たす。その瞬間、地上の兵士たちの側面に、突如として黒い壁が出現した。その壁は銃弾を弾き、傷一つつかない。何の前触れもなく現れた黒い壁は不気味で、トリガーを引きながら息を飲む。

その直後、目の前の通路に上から人が下りてきた。敵軍の兵士で、銃弾をすべて見えない壁に阻まれ当てることができない。いったい何が、と思った瞬間、その兵士がこちらに手をかざし、そして爆発が起きた。

一瞬で視界が暗くなり、体が重力を感じなくなり、耳が聞こえなくなる。吹き飛ばされたのだと気づいたのは、レストランのテーブルを巻き込んで床に倒れたときだった。体に走る衝撃の重さに息を詰まらせるが、その呼吸音は聞こえない。鼓膜が破れているのだろう。煙の中に、仲間が同じように倒れていくのが見える。目を開いているのにどんどん視界が暗くなっていく。直感で、自分は死ぬのだと分かった。

妻と娘はどうしているだろうか。パウルの故郷はバーデン=ヴュルテンベルク州のカールスルーエという街だ。フランスとの国境であるライン川近くの大都市だが、残してきた妻と娘がちゃんとフランスへ逃れているのか心配だった。こんなことになるなら、日本語が話せる妻には停戦した日本に逃げてもらえば良かった。
一応、パリ東駅までの高速鉄道と、パリ・モンパルナス駅からレンヌ駅への高速鉄道のチケットは手配してある。フランス人である妻の両親がレンヌから北にあるドル=ド=ブルターニュという田舎町に住んでおり、そこを頼る予定だった。もう確認する術はない。パウルの右腕は、暗くなる視界の中に見当たらなかった。

あれが、話に聞く「魔法使い」というやつだろう。あんな力を持っているから、あっという間にここまで至ったのだとやっと理解した。薄れゆく意識の中に、うっすらと家族の顔が浮かんだ。



63/293
prev next
back
表紙へ戻る