大都会のシルヴァンドル2−10


ガウェインと話してから1週間経った土曜日、唯斗は再びギャラハッドに家に呼ばれていた。
ここのところ2日に1回は家に呼ばれており、さすがにこんなに邪魔をするのはどうなのかと断りは入れたが、「嫌になりましたか…?」とあざとい目で言われて頷いた。
そういうところは父譲りではないかと思ったが、それを言うとショックを受けそうなので黙っておく。

そうして休みの日にギャラハッドの家を訪れたわけだが、玄関に入ってすぐ、出迎えてくれたギャラハッドがスリッパを示した。


「これは唯斗さん専用なので、こちらを使ってください」

「え、専用…?」

「はい。さぁ、手を洗って昼食にしましょう」


ギャラハッドはそのまま行ってしまうため、唯斗は困惑しつつも指定された青いスリッパを履いて洗面台に向かう。すでにリビングからは良い匂いが立ち込めていて、パンケーキか何かを焼いているのだと分かる。
リビングに入ると、ランスロットが大皿にパンケーキを鮮やかな手際でフライパンから移していた。


「やあ、おはよう。ちょうどできたところだ」

「あ、はい。おはようございます」


とりあえず挨拶をしてからテーブルに視線を移すと、ここでも変化を発見する。


「あれ、このカップ…」

「それは唯斗さんのマグカップなので、覚えておいてくださいね」

「え…」


ギャラハッドの隣の定位置には、見慣れないマグカップが置かれていた。なんとこれも唯斗の専用だという。
どういう意図かと尋ねたかったが、思えばしょっちゅう訪れる唯斗に合わせて専用のものを用意する方が管理が楽ということもあるかもしれない。

なにせ金持ちだ、一応、様子を窺うに留めることにした。

その後、昼食を済ませて歓談しつつ、ランスロットが淹れてくれたコーヒーを飲みながらギャラハッドと課題を行い、ランスロットは自室に下がった。

だんだんと、いつものこの家で過ごす一日に感覚が戻っていったため油断していたが、夕食にも誘われ、なし崩しに泊まることになり、シャワーを浴びてくるよう促されたときに再びそれが突きつけられた。

リビングから脱衣所に向かおうと立ち上がった唯斗に、同じくソファーから立ち上がったギャラハッドが声をかける。


「下着類は買っておきました。あと、歯ブラシなど洗面用品も唯斗さんのものを用意してあります」

「え、そんなことまで…?」


さらに、テーブルを拭いていたランスロットも言葉を重ねる。


「買ったのはギャラハッドだから、変なものではないはずだよ」

「や、そういうことではなく…」


唯斗の言いたいことを察せない彼らではない。
ついに困惑がピークに達した唯斗を見て、ランスロットは微笑んでこちらにやってきた。頭を撫でられて、ギャラハッドの前ということもあって唯斗は慌てる。


「え、あの、ランスロットさん、?」

「ちょっとずるい手というのは、私もギャラハッドも分かっているんだ」

「外堀を埋める、と日本では言いますよね。正攻法ではないのですが、それくらい強引じゃないと、唯斗さんを説得できなさそうで」


すると、ランスロットが左手を、ギャラハッドが右手をそっと握って、それぞれ唯斗の正面に立った。いったい何事かと目をぱちぱちとさせていると、やっと二人は説明してくれた。


「ずっとここに住め、とは言わない。家は人が住まないとすぐに痛むからね、君のご実家も定期的に管理が必要だ。ただ、食事だけでもいいから、なるべくこの家にいて欲しい。私たちは、君をそうやって、出来る限り大切にしたい…いや、愛したいんだ」

「僕にも父にもあなたが必要です。そして、あなたを大切にしたいと思っています。そのためには、多少強引な手を使ってでも、あなたが心置きなく僕たちを頼れるようにするべきだと、ガウェインさんに助言いただきました。どうか、あなたの人生に、僕たちを伴ってくれませんか」


まるでプロポーズか何かのような二人の言葉と、二人の「愛しい」という感情が前面に出たよく似た表情、そしてその背後に輝く星空のような大都会の夜景に、さすがの唯斗も顔に熱が溜まるのを感じる。
同時に、唯斗がガウェインに漏らした「怖い」という感情を、彼らが汲み取ってくれたのだということを理解して、心が揺れる。

唯斗は二人が包むように握る両手を、少しだけ握り返した。


「…、俺、誰かと喋る学校も、一人きりじゃない夕食も、ほとんど経験なくて…こんなに、良いものだって、知らなかった。一人で生きる生活に戻るのは苦しいけど、今なら戻れる、って思ってる自分もいる…戻らなくて、いいのかな」

「当たり前です。戻らなくていい、求めていいんです」

「責任は取ろう。安心してくれ、それができる立場だ。君のこともギャラハッドのことも、私が守る」

「いえ、僕のことはお構いなく。いずれ二人で生きていきますので」

「確かに『友人』が戸籍上でも親になるのは違和感があるかもしれないが、そう悪いものでもないかもしれないぞ」

「いちいち言い方が気持ち悪いんですよ、あなたは」

「な…ッ、それはただの悪口だろう」


突然、軽快に言い合いを始めた二人に、置いて行かれた唯斗はポカンとする。

ただ、その内容はやはり、唯斗にずっと寄り添おうとしてくれる二人の意思を感じさせるものだった。
ここまで言ってくれるのであれば、信じてもいいのかもしれない。これ以上なく言葉と行動で、二人は示してくれたのだから。

ぐっとそれぞれの手を握れば、二人はすぐにこちらに意識を向ける。
パッと振り向いた二人の行動が完全にシンクロしていて、それに小さく笑いつつ、ギャラハッドとランスロットそれぞれを見上げた。


「…信じるよ。こんな俺でもよければ」

「あなたがいいのです」「君がいいんだ」


そして声を重ねてしまって顔を見合わせる二人を見て、唯斗は目元から零れるものを誤魔化すように、二人に向かって飛び込むように抱き着いた。
慌ててそれぞれ腕の中に唯斗を受け止めてくれて、その腕の向こうに東京の夜景が瞬く。

誰かの温もりの愛おしさを、唯斗はこの夜景とともに知ったのだ。



prev next
back
表紙に戻る