大都会のシルヴァンドル2−9
いつも通り、溜池山王駅近くのパティスリーのシフトに入っているときだった。
店にやってきたのは見慣れない金髪のイケメンで、美しい英国英語でレジに注文しているのを見て、最近来日した人だろうかとあたりをつける。
今日もホールの担当のため、お冷を持ってその男性のテーブルまで行くと、電話をしているようだった。
何も言わず目礼だけで水を注いで立ち去ろうとしたが、その電話口での英語にランスロットとギャラハッドの名前が出てきたこと、キャメロットの名前も出てきたことで、どうやらランスロットの知り合いだと分かった。
ランスロットは勤め先の証券会社の日本支社立ち上げに際して東京にやってきたため、同僚がやってくることはまったく不自然ではない。
その男性が電話を終えた頃にちょうど注文したベジタリアンプレートができあがり、男性のテーブルまで持って行くと、その男性の方から声をかけてきた。
「あの、すみませんが」
「はい、なんでしょう」
「あー…、ランスロット・ベンウィックという男をご存知ですか?」
「…、やっぱりランスロットさんのお知り合いなんですね」
「あぁ、やはりあなたが唯斗さん、という方ですね。先ほど、別の客にフランス語で喋っているのを見たもので。まさか会えるとは」
なんであろうと馴れ馴れしく声をかけるわけにはいかないと唯斗は見て見ぬふりをするつもりだったが、男の方からそれを指摘するとは思わなかった。
そして唯斗が使う言語を知っているということは、ランスロットとはプライベートの関係もあるのだと察する。
「不躾に申し訳ありません。私はガウェイン・オークニー、同じキャメロットグループの人間です。ランスロットとは同僚で友人です。ちょうど先ほど、彼らから話を聞いたものでして」
「そうだったんですね。改めて、雨宮・グロスヴァレ・唯斗と言います」
「ありがとうございます。よければ、少しお話ししませんか?」
ガウェインという男からの誘いに、まるでいつかのランスロットたちとの初対面時を思い出す。唯斗は確認を取る旨を伝え、ペペロンチーノに報告すると、例によって二つ返事で了承をもらった。
今日はちょうどシフトがもう上がるタイミングだったどころか、次のホール担当者が早入りして人が余っていたため、すぐに唯斗はガウェインのテーブルに相席した。
「失礼します」
「ありがとうございます、無理を言ってしまって申し訳ありません。お食事は、それだけですか?」
「いつもこんな感じなんで。まぁ、ランスロットさんたちには心配されてしまってるんですけど」
今日も焼き菓子だけで済ませようと、いくつかフィナンシェだけテーブルに置くと、ガウェインは表情を曇らせる。
「ギャラハッドと同じクラスと聞いています。高校生がそんな食生活では、この先体を悪くしてしまいますよ」
「そうは言っても、お金の問題はどうしようもないんで」
「あの男のことです、一緒に住め、くらいのことを言われているのでは?」
「……さすが、よく分かりますね」
ガウェインは正確にランスロットのことを理解しており、軽く驚く唯斗に苦笑する。
「…いえ、実際には、あの男が誰かに対してそのようなことを言ったことはありません。彼は一種の人間不信ですから。そのあたりの事情は、もうご存知なんでしょう?」
「……ええ、まぁ」
騙された子供ができてしまった挙句、その状況になったランスロットは周りから責められるばかりで、ロンドンに逃げるしか心を守る手段がなかった。
それによってギャラハッドが犠牲になったのだ。
ランスロットがそのあたりをうまくやれなかったことや、時間が経ってある程度心を落ち着かせたのにギャラハッドに向き合いきれなかったことには怒った唯斗だったが、そんなランスロットの心そのものは、それでいいと思っている。仕方のないことだと思うし、仕方のないことであるべきだ。
「ギャラハッドとランスロットの会話が続いていたことも、二人で同じ食卓を囲んでいることも、軽口を言い合うことも、同じ言葉を重ねてしまうことすらも、私が今日初めて見たものです。そのきっかけたるあなたを、あの男やギャラハッドがどれだけ大切に思っているか、想像に難くありません」
「…俺はそんな大層なことした自覚はないので、ぶっちゃけ心苦しいんですけどね」
「そういうことも往々にしてありましょう。謙虚なのも日本人の美徳かもしれませんが…それにしても、ランスロットもギャラハッドも、あなたに全然頼ってもらえないと嘆いていましたよ」
「え、そうなんですか」
サラダを食べ進めるガウェインに言われて、唯斗は目を瞬かせる。二人がそんなことを思っていたとは。
初めて泊まった日以来、何度か食事を共にさせてもらったことがあったり、昼を唯斗の分まで用意してもらう日があったり、随分と世話になっている。
「何か理由でも?同じような役職の私が言うのもあれですが、あなた一人が多少我儘を言ったところでどうということのない財力を持っているのは、あのアパートを見れば分かるはず」
ガウェインの言う通り、二人はたまに、そんなことを言うキャラではないだろうに、金持ちであることを唯斗に伝えて、唯斗に頼られることはまったく負担ではないと伝えてくれている。
「…ランスロットさんたちの負担になることを懸念しているんじゃないです。ただ……」
「ただ?」
唯斗は水の入ったグラスを見つめる。負担になると思っているのではない。これは、唯斗の内心の問題だ。
「……怖いです。誰かに頼るのは。ずっと、一人だったから。また一人に戻ることは、怖い」
「ずっと一人だったというのは…お聞きしても?」
聞きづらそうにしながらも、ガウェインは踏み込んできた。普段はそんなことをするような人ではないだろう。ガウェインはきっと、ランスロットとギャラハッドの唯斗に対する様子を見て、唯斗のことも少なからず大切にしようと思っているのだろう。
大切な人の大切な人であれば、等しく大切にしようという、ガウェインの誠実さだ。
そこで唯斗も、かいつまんで自分のことを話した。
ガウェインは唯斗の話を痛ましそうに聞きながらも、だんだんと合点の言った表情になる。ランスロットたちの感情の理由も知ったのかもしれない。
「…なるほど。それは確かに…怖いと、不安だと感じて当然です。初めてなんでしょう、これだけ人に優しくされるのが」
「……はい」
ガウェインは優しく微笑むと、テーブル越しに唯斗の頭を撫でる。いったい何かと、その腕越しに見上げると優し気に目元を緩めていた。
「大丈夫、そこは彼らに何とかさせます。あなたはいつも通りでいればよろしい。次は、彼らの番です」
「…?」
よく分からなかったが、ガウェインは「それよりポテトです、ジャガイモを食べればすべて解決です」とさらによく分からないことを言いだしたため、唯斗はとりあえず「それは違うと思います」とだけ返しておいた。