自由の風に吹かれて−1


ベルリンの地下鉄、Uバーン7号線を降りて駅舎を抜ける。
ヴィルマースドルファー通り駅の北側の光景は、東京の中野あたりにどこか似ているような気がする懐かしさがあった。
ヴィルマースドルファー通り沿いに少し歩いてから、ペスタロッツィ通りを右手に曲がり、立ち並ぶアパートの一つに入る。

玄関から階段を上がって、5階の中庭側の部屋に鍵を開けて入れば、すぐに同じくらいの背丈の男が声をかけてくる。


「おかえりっす、唯斗」

「ただいま、マンドリカルド。南シベリア文化史の本、借りてきたぞ」

「すんません、パシらせちゃって」


恐縮する男、マンドリカルドに本を渡しつつ、廊下を抜けてリビングに入る。もちろん靴は脱いでいない。
ソファーにどかりと座ると、ベランダの外に見える中庭の木が青々としているのが見えた。


「やっと夏だな」

「ほんとっすね、やっぱベルリンの冬なげぇ」


マンドリカルドは受け取った本を自室に置いてからリビングに戻ってきつつ、ようやく北ドイツにやってきた夏に目を細めた。


「にしても、そろそろ1年か、ここに来てから」

「あー、もうそんなか。確かにそうっすね」


この気温を感じるのは1年ぶりだが、同じような気候の頃に、唯斗とマンドリカルドは出会った。このアパートでルームシェアをする相手として、初めて会うときはそれなりに緊張していた唯斗だったが、当時のマンドリカルドの方がもっとすごかった。


「ふは、思い出すだけでも笑える」

「…、陰キャの黒歴史笑って楽しいっすか…」

「うん、楽しい」

「唯斗〜」


マンドリカルドは恥ずかしそうに笑うが、その本質はあの頃からそこまで変わっていない。やはりマンドリカルドも、平時とは比べ物にならないほど緊張していたのだ。
マンドリカルドは唯斗の隣に腰掛ける。そして、やはり目線はあまり合わないものの、頬を掻きながら言った。


「まぁ、でも…ほんと、ルームシェア相手が唯斗で良かった、って1年しみじみと感じた、かも」

「…、や、照れんなよ、変な空気になんだろ…」

「しゃあねーっす…まぁ本心なんで、そこは」


改まって言われてしまうと、唯斗もどうすればいいのか分からなくなる。マンドリカルドだって唯斗の立場ならうろたえる癖に、こういうことを言ってくるのもまたマンドリカルドの特徴だった。


「…俺も、その、卒業までマンドリカルドと一緒に頑張りたい、かな」

「……」

「……」

「…あざといっすよ……」

「いやお前が言うなマジで」


変な沈黙が落ちてしまった二人だったが、次の瞬間には、いったい何を言っているんだと噴き出した。


二人は現在、ベルリン自由大学に通う大学生であり、この秋に2年生に進級する。
歴史あるベルリン大学が、東西冷戦で東ベルリンに位置してしまったことから、西ベルリンでもベルリン大学の教育を施せるよう設立されたのが、ベルリン自由大学だ。

日本人であり、フランスとのクォーターである雨宮・グロスヴァレ・唯斗と、イタリア人でありトルコ系の血を引くマンドリカルド・アヴァルスは、それぞれ外国人としてこの大学に進学した。
家元を離れているため、ベルリン市内での生活する場を大学が斡旋してくれて、ルームシェアという形になった。

1年前の夏、大学が手配してくれたこのアパートにやってきた唯斗は、先に入居していたマンドリカルドとこのリビングで初めて出会った。
極度に緊張していたマンドリカルドと、もともと物静かな唯斗で会話が弾むわけでもなく、二人は特に会話するでもなく初日をスタートさせた。

しかし、マンドリカルドはこれではいけないと思ったのだろう、ものすごく緊張した面持ちで夕食を食べに外に出ようと誘ってくれたのだが、「ああああの、こ、これから、晩飯、とか?!どうっすかね?!」と挙動不審だった。
それに思わず笑ってしまった唯斗も、「俺、人と話すのあんま得意じゃねぇから、声かけてくれて嬉しい。どっか適当なとこ行こう」と応じたのだ。

マンドリカルドはそれを聞いて、初めて笑顔を見せ、「俺も、コミュニケーション下手なんで。仲間っすね」と言ったのだった。

それが二人の出会いだ。



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