自由の風に吹かれて−2
ベルリン南西部、この街で最も人気の高い高級住宅街であるシュテーグリッツ=ツェーレンドルフ区に位置するベルリン自由大学。
そのカフェテリアで、マンドリカルドは数少ない友人、というかこの場にいる3人とあともう一人しか友達はいないのだが、彼らとテーブルを囲んで昼食をとっていた。
史学・文化学部に通うマンドリカルドは、同じ学部に属するマシュ・キリエライト、藤丸立香、オフェリア・ファムルソローネと過ごすことが多く、こうして食事をとる頻度も高い。ここに唯斗を加えたメンバーが、いつも一緒にいる顔ぶれだ。
マシュは英国から、立香は日本から来ており、ドイツ生まれドイツ育ちなのはオフェリアだけだった。
マンドリカルドの記憶では、まず部屋が同じだった唯斗とマンドリカルドが一緒におり、マシュとオフェリアの二人がマシュを通して立香と仲良くなり、さらに同じ日本のよしみで立香と唯斗が知り合い、こうして5人のメンバーとなったのだったと思う。
「そうだ、みんなバカンスって何するの?日本と違ってこっちは長いんだよね」
他愛ない話をしながら食事をしていると、ふとマンドリカルドの対面に座る立香がそんな話題を切り出した。夏のバカンスを控え、1年が終わることもあって、期末試験とレポートの嵐を乗り越えた先の希望に縋るようなものだ。
「そうね、私はまず実家に戻るけれど…実家に長いこといる、っていうことが、なんだか勿体なく感じてしまうわね。こうして大学にいる時間が長いと」
それにオフェリアが答えると、マシュも笑顔で頷く。
「はい、私もスコットランドの実家は大好きですが、ベルリンの自由な空気を知ってしまうと、離れがたく感じてしまう気がします」
「マンドリカルドは?」
立香はマンドリカルドにも振る。3人の視線を受けて、マンドリカルドはなんと答えようか、と少しだけ言葉を選んで、ちょっとだけ困ったように笑う。
「あー…俺は残るっす。金かかるんで」
マンドリカルドの家は、イタリア北西部の港町ジェノヴァで暮らす移民の家系だ。父はトルコからやってきた経済難民、母はカザフ人とイタリア人のハーフだ。移民の家に生まれただけあって、マンドリカルドは国籍こそイタリア人だが、やはり経済的には苦しい。
ドイツの大学は外国人が無料で通えることが多いことから、マンドリカルドはあえてイタリアではなくドイツの大学に来たのだ。勉強が忙しく、アルバイトはあまり入れておらず、バカンスシーズンの高い航空券を払って移動することは難しい。
裕福なマシュやオフェリアの前で言うには憚られてしまったが、立香はすぐに場を取りなす。
「そうだよねー、俺なんて東京じゃん?もう往復で2000ユーロ以上するからさ、ちょっと一時帰国ためらうんだ」
「東京って何時間でしたっけ?」
「12時間ないくらい」
「うっわ…」
欧州育ちの3人からすれば、極東はあまりに遠い。立香も唯斗もよくそんなところから来たものだ。
それにしても、立香はさすがのコミュ力で、マンドリカルドが変な空気にしかけてしまったところを切り替えてくれた。
ちなみにこの話題を唯斗がいないところでしたのは、唯斗の家はもっと複雑な事情があるからだ。端的に言えば、両親がいない。マシュもなかなかな人生だと聞いているが、さすがに両親を共に亡くしているというのは、話題に挙げて空気を戻すのは難しい。
すると、オフェリアが思いついた、とばかりに手を打った。
「それなら、みんなで私の別荘に来ない?バーデン=バーデンに別荘があるの」
「えっ、いいんですか?」
「むしろぜひ来てほしいわ。夏も友人と過ごせるなら、退屈な保養地も楽しいもの」
マシュと立香は顔を輝かせる。マンドリカルドは頭にドイツの地図を浮かべ、南西部にある欧州トップクラスの保養地までのルートを考える。
ドイツの新幹線、ICEをハンブルクで乗り換えれば行けるか。しかしオフェリアはテンションが上がっているようで、話を続けた。
「そうね、私の家からも近いマクデブルクまで来てくれれば、あとはうちの車で行きましょう。ベルリンからならシュテンダールで乗り換えればすぐよね?」
「そうだね、シュトゥットガルトまで行かなくていいの?」
「もちろんそれでもかまわないけれど、私もどうせ家から車で行くもの」
もともとドイツの鉄道は高くないが、ベルリンからも遠くないマクデブルクから車に乗せてくれるなら、費用はかなり圧縮される。そのレベルでオフェリアが歓迎してくれるなら、マンドリカルドも乗り気になった。