Sunset Undead−1
傭兵パーシヴァル×学者主
元は2019年に別ジャンルで書いていたものをコロナ禍で止め、最近サルベージしました。コロナの代わりにゾンビ系のウイルスが流行したイメージです。
基本的なウイルスやワクチンに関する記載は素人のものなので適当に捉えてください。
スイス南西部の都市ジュネーヴ。
高速鉄道で一本で着く隣国の都市だが、駅に降りるなり唯斗は美しい街並みに目もくれずタクシーに乗り込み、スマホを確認しながらすぐに車窓の外に目的地の武骨な建物が見えてくるのを確認する。
「雨宮博士!お待ちしておりました!」
すぐに出迎えたスタッフは、慣れたように唯斗を連れてセキュリティを通っていく。唯斗とて何度も訪れた場所だが、あくまで客人だ。
つかつかと廊下を歩きながら、半歩前を歩く男に尋ねる。
「ブラザヴィルから言い訳は届いてるのか?」
「混乱を極めている様子しか…」
「だろうな」
唯斗も期待はしていなかったが、起きている事態の深刻さに内心で舌打ちをする。良くも悪くも慣れているはずの現地がここまで混乱するとは。
「イトゥリ州で感染が確認された村は38か所。すでに300人以上が死亡しています」
「早すぎるな。PHEIC一択だ。まったく、あと少しで根絶宣言ってところだったのに…どこまでも、ウイルスってのは人類を欺くのに長けてる」
ようやく、慌ただしく職員たちが出入りする会議室に入る。こちらに気付いた職員たちは一斉に立ち上がった。唯斗は軽く手を上げてすぐに仕事に戻してやりつつ、こんな盛大な挨拶を受けてもできることがあるのか疑問に思う。
ここは世界保健機関WHO本部。そして現在、目の前の地図には、コンゴ民主共和国で発生したエボラ出血熱の感染状況を示す絶望的な状況が広がっていた。
***
今年で26歳になった唯斗は、フランスのリヨンにあるウイルス研究施設で研究を行う学者であり、世界最年少のノーベル医学生理学賞を受賞した経歴を持つ。
専門分野は熱帯医学、特にエボラ出血熱に代表されるウイルス性出血熱感染症のウイルスに関する研究をしている。
唯斗がノーベル賞を受賞したのは、エボラウイルスに対する予防接種ワクチン、抗生物質などの製造のためのウイルス株精製方法の論文を作成したためだ。
ウイルス株とは、ワクチンを作る際に必要となるウイルスの素のようなものである。インフルエンザなどは、ウイルス株を鶏卵内で弄ってワクチンを作成する。予防接種で卵アレルギーの有無が確認されるのもこのプロセスによる。
唯斗はその功績から、ドイツのハンブルクにある熱帯医学の研究所でも客員として籍があるほか、様々な大学や研究所に呼ばれる。シンポジウムや講演会は、特に欧米で多く招待され、東京やシンガポールに行くことも多かった。
そのため、今回のWHOからの招聘も、並み居る学者たちと並んで若くして唯斗が呼ばれたのは理に適っていた。WHOの事務局長が、国際保健規則IHR2005に基づき緊急委員会を開くのだが、それに合わせて助言をするのが今回の仕事である。
「コンゴ民主共和国でエボラ出血熱のアウトブレイクが発生した」という緊急の連絡を受けたのが昨夜であり、矢継ぎ早にここまで決定された形だ。
エボラ出血熱、それは人類が経験する感染症の中でもトップクラスの致死率を誇る病だ。その致死率は、なんと最大80%、最速で初動にあたれれば助かるが、対応が少しでも遅れれば助からないと思っていい。
空気感染ではないことだけが救いで、患者の体液や排せつ物などに対して細心の注意を払えば防げる。
確立された予防法やワクチンは存在せず、エボラウイルスは感染すると体内にデコイを放つため、免疫系を欺き発症は免れない。
「…で、なぜここまでWHOの掌握が遅れたんだ?この規模でいきなりPHEICってのは例がない」
唯斗は会議室の前方に掲出された大きなコンゴ民主共和国の地図に無数の点が並んでいるのを見て、スタッフに低く問いかけた。
「
国際的な公衆衛生上の緊急事態」とは、WHOの緊急委員会で採択される感染状況の国際的なステータスであり、各国首脳に対して最大限の警戒を呼び掛け、交通規制や国境封鎖などの具体的措置をも提言するものだ。普通、事態が発生してからそれが深刻化していく過程で発表される。
いきなりPHEICを発表するとなると、国際社会はWHOに今まで何をしていたのかと厳しい目を向けるだろう。
「地元の保健区の担当者が感染して動けなくなっていたようで…州都ブニアに感染が到達して初めて国連まで通告が来ました」
コンゴ民主共和国の北東部、ナイル川上流のアルバート湖を擁するイトゥリ州ではすでに38箇所の村で感染が起きている。死者数は350人ほど、州都ブニアでは120名の感染がすでに確認されていた。
この地域は、WHOの広域区分ではコンゴ共和国の首都ブラザヴィルにあるWHOの広域支部が管轄している。今頃ブラザヴィルの担当者は大混乱だろう。
「なるほど。それにしても、いくらなんでも感染ペースが速すぎる…紛争が再燃してるからか。直接イトゥリには入れないだろうから…よし、できれば検体を直接現地に近いところで調査したいんだけど」
「なっ、直接、ですか?」
「あぁ。フランスヴィルの国際医療研究センターにアポ取っておいてくれ。WHOの名前くらい貸してもらうからな」
「それは構いませんが、ガボンの治安は悪化しています、おひとりでは…」
「傭兵に当てはある。現地とコンタクト取れたら言ってくれ」
大まかな状況の確認を終えて、唯斗はその場でアフリカ行きを決めた。
イトゥリ州は、コンゴ民主共和国が独立してから断続的に紛争が起こり続けている場所で、とても現地に入れるようなものではないため、二つのコンゴの西側に隣接するガボンに向かうことにした。