Sunset Undead−40


翌朝、パーシヴァルが帰宅するのと入れ替わりで、早朝から唯斗はラボに向かった。ちなみに、部屋を出るときにキスをされ、唯斗は顔を赤くしているところを見つかり研究員に慌てられた。今はそういうことに敏感なのだ。

研究員たちには好きな時間にやってくるよう言ってあるが、全員、唯斗と同じかそれより早くに来る者もいる。
朝7時にはすでに、全員が揃っていた。

唯斗は研究室で毎朝のミーティングを行う。


「みんなおはよう。早速だが、今日明日はファビピラビルと狂犬病ワクチンの曝露後接種について集中的にやっていきたい。RNA解析の方はスパコンの結果を待つ必要があるしな」

「現行のファビピラビルの投与方法は、やはりERLVにはあまり効かないとお考えですか」

「予防服用の効果が大きいと踏んでる。問題は曝露後の投与方法だな。俺の仮定では、やっぱり感染部位の関係があると思ってる。ということで、昨晩のうちにECDCとCDC、WHO、ドイツ政府とフランス政府、そして各NGOに発破かけて、ファビピラビルの投与事例すべてを共有するよう求めた」

「すでに数千件があるはずですが…」

「あぁ、そのすべてだ。俺たちはそのすべてを解析する」


かなりの数の症例を事細かに調べる、ということだ。研究員たちは重い空気になったが、唯斗は情報を付け足した。


「同じく昨日のうちに、日本の理化学研究所にも脅…お願いをして、スパコン富岳を開けてもらった。条件を細かく指定して、感染部位、投与量、経過時間などの相関性を演算させる。俺たちの仕事は解析条件の設定だ。仮定の検証からだから、それでもハードだけど」

「いえ、それなら今日中に日本に共有できるでしょう。ありがとうございます、雨宮博士の脅は…依頼だったからこそ、日本政府も応じたはずです」


実際に唯斗がどんなメンチを切ったのか、短い付き合いでも研究員たちは察しているようだ。

日本のスパコン「富岳」は理化学研究所が保有する世界最高スペックのスパコンであり、毎秒44京回の計算が可能だ。
かつて、某政治家による「2位じゃダメなのか」という発言とともにスパコン事業への予算は凍結され冬の時代を過ごした日本だが、一方でこの発言は、従来の演算能力の向上を目指すテストコンピューターとしてではなく、実際に社会課題を解決できるような汎用的なスペックを持つ方向での開発というコンセプトに繋がったともされる。
実際、世界の他の高性能のスパコンと比べても、「使い勝手」という点ではもはや比較対象は存在しないほどの有用性を誇る。

今回も、感染者からの接触によってウイルスに曝露した体の部位と、投与された方法・時間の関係、各ケースにおける予後の状況を条件付け演算させることで、「どの位置から曝露したときにどのような接種方法が良いのか」という結果を期待する。


「結果に応じて、実際にスウェーデン軍とストックホルム警察での感染者に試したいと考えてる。今回、ファビピラビルは注射接種も視野に入れている」

「注射、ですか…」


ただ、実際に試すとなったときに、研究所たちは表情を曇らせた。注射接種が効果的であろうことはこれまでも理解されていたが、それはつまり、前線に出ていくということに他ならない。
狂犬病ワクチンの曝露後接種も含め、注射接種は筋肉注射が前提となり、より専門的な知識が必要だ。つまり、医師免許や経験のある看護師でなければならない。

当然、唯斗たちは医者ではないため、注射は不可能だ。


「結果がうまく出てくれれば、富岳が提示した投与方法を検証して、実際に防衛線の維持を行っている前線に出向く。兵士、もしくは感染した市民への臨床結果を得るためだ。附属病院と軍から医者を派遣してもらって、俺も同行する」

「そんな、博士が出向くなんて危険です!」

「大丈夫、これでもハンブルクの地獄を切り抜けてきたしな。もちろん、軍の判断で俺が行かない方が良ければ従うし」


臨床医ではないものの、実際の症例の様子を見ておくことは重要だ。今日と明日はラボにいてもやることがあまりないため、明日、現場に出てみようと考えている。
研究員たちは渋い表情をしていたものの、全員唯斗よりはるかに年齢が高いこともあって、「若者がそう言うなら」というような様子で納得してくれていた。



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