Sunset Undead−39


その夜、唯斗は日付が変わる直前にアパートメントに戻った。
ラボから部屋までの僅かな間しか外に出ていないが、それでも、遠くから時折悲鳴や銃声、爆発音が聞こえた。第一防衛線と第二防衛線の間にいる市民は、必死に息をひそめて室内で耐えているのだろう。

一方、夕方には進展があった。ついにEU諸国は、感染者は重篤な症状を発症した時点で事実上死んでいる状態だとして、射殺を許可したのだ。
これにより各国軍は感染者を警告なしに射撃できるようになった他、この規制をネックに欧州での活動をしていなかった米軍もベルギーから上陸。ブリュージュやヘントといった大都市からブリュッセルに向けて、米軍がベルギー政府とEU本部の救援のために進軍を続けている。
スウェーデンでも射殺が始まり、防衛線の復旧はとりあえず成功したと聞いている。

それでも夜までに1億5000万人以上の感染が確認され、事態は予断を許さない。

そんな中、唯斗の手元の研究はあと少しで糸口が見いだせそうなところまで進展している。ただ、そこから先はまだ見通せていなかった。

ため息をついて玄関を開けてリビングに入ると、パーシヴァルは「おかえり」と言いつつ、ライフルの調整をしていた。服装も、傭兵として迷彩のズボンとインナーシャツ姿だ。


「っ、見回りか?」

「あぁ。第二防衛線の内側に入り込んだ感染者の射殺を目的として市内を見回りすることになっている。軍の小隊と一緒にね。軍も暗視スコープといった装備は限りがある、装備をそろえている私は夜の見回り優先で入ることにしたんだ」

「そ、うか…」


もともとそういうことになっていたが、唯斗は急に不安が募る。
もしもパーシヴァルがいなくなったら、と思った瞬間、地に足がつかなくなるような、心もとなさが足を震わせる。

短期間だけの契約となるのが普通の、ただの傭兵と雇い主というだけの関係。それなのに、いつの間にか唯斗にとって、パーシヴァルはそれほど特別な存在になっていた。

守ってくれたから、だけではない。きっと、パーシヴァルが心も含めて支えてくれたからだ。そして、これまでずっと一人で研究の旅を続けてきた唯斗にとって、初めて、そばにいてくれた人だからだろう。

これまで、家族がいなかった唯斗には、人生を通してですら、こんな人は初めてだった。


「…?唯斗?どうかしたかい?」

「あ…え、と……」


突っ立っていたからか、パーシヴァルは心配そうに立ち上がり、唯斗の正面にやってくる。20センチ以上の差がある目線は高く、つい、そこまで視線が上げられず俯く。


「…心配してくれていると、自惚れてもいいのかな」

「ッ、そんなん、当たり前だろ」


ふ、と小さく笑ったパーシヴァルに、唯斗は咄嗟にそう返す。そして、ぽす、と目の前の胸板に額をつけて頭を預ける。


「本来は、俺たちはただの依頼人と傭兵でしかなくて…でも、パーシヴァルは仕事が終わってもなお、俺のためって言って、ハンブルクからここまで来てくれた。いや、フランスヴィルにいるときから、仕事以上に、俺のこと支えてくれた」

「誰かのために人生をかけて研究に打ち込む君の姿に、自身の研究の先にある命と犠牲になった命を真摯に見つめる君の瞳に、守りたいと、仕事以上の感情で思ってしまった。真面目で誠実だけど、茶目っ気もあって、それに話も分かりやすい。一緒にいればいるほど、君は素敵な人だと分かった」

「…俺のこと守るのが、その…人生の目的になってる、って言ってたよな」

「あぁ…そうだよ」


ようやく、パーシヴァルにこのことを聞けた。パーシヴァルはさらに声を柔らかくして、唯斗の後頭部を撫でながらそっと抱き締める。
その腕の中で、唯斗もより深く、自分から抱き着いてみた。


「俺も…この先、一人で研究を続けていく、ってのが、急に怖くなって。何より、これからパーシヴァルが危険な任務にあたることも、怖くて。弱くなったみたいだ」

「君の強さは、一人でいなければならなかったが故の強さだ。二人でなら、違う意味で、そしてもっと強くなれる」

「…、信じて、いいのか」

「当然さ。仕事ではなく人生をかけて、君を守ろう」


日本のような告白という文化は欧米には存在しない。ただ、伝える愛の種類や程度を同じくらいに揃えて伝え合っていく。はっきり言葉にするのは拒否だけだ。
だからこそ、パーシヴァルの言葉が意味することも、唯斗が伝えた言葉も、日本のそれと同じ意味を持つ。

抱き締める力は強まって、包み込まれる感覚にひどく落ち着く。ここに立っているという自覚を、ようやく取り戻すことができたようだ。


「…じゃあ俺は、俺のできることで、パーシヴァルを守るよ。パーシヴァルだけじゃない、救える人を、一人でも増やしてみせる」

「それが君の本当の強さだよ。愛している、唯斗」

「…俺も」


そっと顔を上げると、パーシヴァルも示し合わせたように体を屈めてこちらに顔を寄せる。
触れ合った唇は互いにあまり温度がなく、なんだかんだ二人とも緊張していたのだと分かった。

不思議と、玄関を開けるまで感じていた閉塞感が晴れていくように感じた。



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