Sunset Undead−45
そうして、唯斗たちのチームの2種類の結果が世界に公開された。すでに論文は大部分を書き上げている状態であったことと、これは結果の公表というたぐいの論文であることもあって、普通の論文より進みは速い。
CDCを通して米国の製薬企業もワクチンの標的となる遺伝子配列を共有されたことで、開発フェーズに入った。
さらに、ファビピラビルの曝露後投与について、注射の方法や分量なども数百名分の結果を公表。これをもとに、同じ方法をWHOなど各地の医療機関が試してさらに確認を行い、精査していくのだ。これは唯一の正解を公表する試みではなく、可能性の共有という意味である。
これによって、NERLIDに対して、人類は短期的・長期的な対処方法の具体化が可能になった。
ここからは唯斗の仕事ではない。製薬企業や医療機関、当局の努力によって、今後の感染の行方が決まる。
一通り会議と論文の提出、メディア対応を行ったころには太陽は沈んでおり、その夕日にパーシヴァルのことが思い出される。病院とラボは離れているため様子は分からない。
「博士、今日はもう休んで、病棟に行ったらどうです?」
「…え、」
すると、女性の研究員がそんなことを聞いてきた。
「…そんな分かりやすかったか」
「あら、博士はいつでも分かりやすいわよ。大切な人なんでしょう?行って来た方がいいですよ」
「…ありがとう。そうする」
少し前までであれば無駄だと言っただろうが、今は素直に頷くことができた。こういう部分では、唯斗はこの場の研究員の誰にも及ばない。
「また明日、他の国からのデータも含めて確認作業を行っていこう」
そう一言残してから、唯斗は研究員たちに見送られてラボを後にする。
病院まで歩いて15分かかる距離だ。今日の新規感染者は10万人、数日前の10%ほどにまで低下している。今日は銃声は聞こえてこなかった。
隔離病棟の入り口まで来ると、受付の女性からパーシヴァルはもう一般病棟に移っていると聞かされた。教えてもらった一般病棟の部屋に入ると、偶然にも、大部屋の一人目だったのかパーシヴァルしか部屋にはいなかった。
「パーシヴァル、」
「あぁ、唯斗。良かった、怪我はないようだね」
ベッドで起き上がってこちらを見て微笑んだパーシヴァルを目にとめた瞬間、ぽろ、と唯斗の瞳から水滴が零れ落ちた。
パーシヴァルは一瞬目を見開いてから、ベッドを降りてこちらにやってくる。
そして、左手でそっと唯斗の目元を拭った。
「君と、あの臨床医が救ってくれたと聞いた。君が踏ん張って、そしてあちこちに掛け合って世界最新鋭のスパコンで投与方法を調べ上げたから、私はこうして、ほぼ無事に完治した。もう体内のウイルスはすべて消滅している。右手の傷のほか、少し内臓に損傷がある程度だ。すべて入院せずとも処方箋で治るそうだ」
「そ、っか…そうか…」
どうやら、パーシヴァルは侵入したウイルスがアーマーのおかげで極端に少なかったこと、ファビピラビルの事前投与があったこと、そして今回富岳が示した方法の中で最も効果があった手法で偶然にも接種を行えたこともあって、これほど早く隔離病棟から出てこられたらしい。
「ここまで完治した例は、現状世界で私が最初だそうだ。君の発表で、もっと多くの人が私と同じくらい回復できるかもしれない」
「まぁ…パーシヴァルほどじゃなくても、そこまで重い後遺症にならないかもだな」
唯斗は体に負荷をかけないように抱き着く。分厚い体に腕を回して、入院着の襟元から直にパーシヴァルの胸板の肌に頬を寄せる。
パーシヴァルは、包帯が巻かれた右手は横に据えつつ、左手で唯斗を抱き締めてくれた。
「…パーシヴァルが言ってた通りだな。俺は、怖くて弱くなったんじゃなく…パーシヴァルや世界のために、もっと頑張れた」
「言葉通り、私のことを守ってくれたね。ありがとう、やはり君はすごい人だ」
「パーシヴァルと一緒だからだよ」
夕日が窓から差し込む中、二人の言葉はゆっくり落ちていく。
今日、感染はインドに到達し、向こう1か月の世界の感染者は5億人を超えることになると予想されている。きっと今年、世界は一度滅びるに等しいほどの大打撃を受けるだろう。感染症以外でも、食糧危機や失業で多くの犠牲が出るはずだ。
しかし、夕焼けの先に夜が明けて朝日が差すように、太陽は沈むだけのものではない。
後発医薬品のファビピラビルの大量生産も始まっており、ワクチンの開発も始まり、都市封鎖や隔離方法を確立された今、インドは万全の状態で感染の波に立ち向かっている。
まだまだ唯斗のやることは山積みだが、一つ一つが、誰かの命を繋ぐのだと、知っている。大切な人の命がそれで救えることも知っている。
「…パーシヴァルとなら、怖くない」
「君と一緒なら、どこへでも行けるさ」
顔を上げれば、パーシヴァルの顔がそっと近づく。
夕日が差し込む病院の床に、二人の影が重なった。