Sunset Undead−44


附属病院の隔離病棟内、ある一室にパーシヴァルは寝かされていた。窓際のベッドであり、カーテンですべてのベッドが覆われている。窓は開け放され、穏やかな涼しい風が室内に入ってきている。
窓から差し込む夕暮れのオレンジ色が白い室内を橙色に染め上げ、窓の外からは、銃声と悲鳴が断続的に響く。

スウェーデン軍は第二防衛線を完全に放棄して、フレースンダレーデン通りの第一防衛線まで後退。取り残された市民の救出活動が行われている。

ベッドで仰向けになっているパーシヴァルの右腕は、包帯が巻かれており、点滴が繋がっている。二回目のファビピラビルの服用は終えていた。
寝息は穏やかで、熱も下がっている。先ほどの血液検査では、かなりウイルスの量が減っているようだ。同行していた臨床医と軍医から、今日の治験結果を夜にも報告してもらうことになっているが、恐らく既存の方法より富岳に提示された方法の方が良いとみていい。

それでも、唯斗はパーシヴァルが無事に快方するかどうか分からず、つい、その左手を握ってベッド脇の丸椅子に座っている。唯斗の手にはやはりゴム手袋があり、マスクに防護服と、隔離病棟のプロトコルに従っていた。

恐らく生還するとは分かっている。容体は落ち着いているし、狂犬病ワクチンの曝露後接種のおかげで脳炎も起こしていない。
それでも、単に死んでいない、という状態では生き残ったと言っていいのか微妙なところだ。壮絶な後遺症に悩まされては、死んだ方がマシとなるかもしれない。

また外で爆発音が轟く。一斉に遠く悲鳴が上がり、銃声が立て続けに響いた。

ぎゅ、と握った左手が握り返されることはない。そろそろ、ラボに戻る時間だ。


「…生きてくれ……頼む……!」


祈るように、防護帽越しに大きな左手に額をつけて目を閉じる。夕暮れの光が鋭くて煩わしかった。


***


翌日、唯斗は研究室の中で、研究員たちと一心不乱に様々なデータをまとめていた。
唯斗の指示でファビピラビルの投与方法をまとめるチームと、スパコンが解析したRNA情報からmRNAを特定するチームに分かれ、唯斗は後者に入っている。


「博士!ファビピラビルのNERLID用の投与方法、論文としてまとめ終わりました。査読お願いします!」

「分かっ…」


唯斗はデータを受け取ろうとしたが、そこで、直前までやっていたグラフ出力が終わったのを見て、動きを止める。


「…?博士?」

「……これだ」

「へ…」


唯斗はがたりと立ち上がる。


「みんな見てくれ、この遺伝子配列が標的になれば、この変異株に有意に効果があるんじゃないか?!」

「ええ!?」


研究員たちはどたどたと画面の前に集まる。出力されたいくつかの配列ごとのグラフを見て、唯斗が指さした配列を見比べる。


「ほ、本当だ」

「これなら…!」

「こっちの配列も有効かもしれません。いずれにせよ、この配列候補を製薬会社に共有すれば…」

「mRNAワクチンの開発は一気に進むかもしれない。この配列通りじゃなくても、企業内での治験でさらに有意な化合物に変えられるだろう」


わっと研究員たちは湧き上がる。これで、NERLID撲滅の最初の一歩が踏み出せたことになる。
唯斗は急いで、今もらったファビピラビルの方の論文と合わせて別の論文用のPCを立ち上げる。


「結果を論文に組み込む。ECDCとCDC、WHOとのミーティングの準備を頼む。ファビピラビルの論文はそのミーティングまでにいったん読み終えるから」

「はい!」

「データ画像手伝うわ」

「オンライン会議用意してきます!」

「カロリンスカ研究所に共有してくる!」


ばたばたと研究員たちは動き出し、唯斗は息を深く吸い込んで、立ち上がったPC画面を見つめる。情報の整理と公開、これを一秒でも早く行えば、その内容を世界中が確認して査定してくれる。間違いがないことというよりは、早く共有することの方が重要だ。



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