Égalité−7


「僕は、自由になりたくてパリに逃げてきました。世話になってる祖母に恩返しすべきなのに、自由になりたいとまだ思ってる。そんな中でソルボンヌ大学の厳しい環境で勉強を続けるのは、つらくて…そんな自分がひどい人間に思えました。だから、ずっと、見ないふりをしてました」

「…ギャラハッドは、本当に優しいな」


祖母に恩を仇で返すような感情だと自分を責めている。もとはと言えばランスロットの不始末、さらにはレンヌの実家でのひどい扱いのせいでパリの祖母を頼らざるを得なかっただけで、本来的には自由であるべきなのだ。
祖母が直接継いで欲しいと頼んでいるわけはないからこそ、ギャラハッドは自分で決めなければならず、余計に感情とせめぎ合っている。

前髪を梳いた手で、唯斗はギャラハッドの頭をそっと撫でる。


「優しいヤツの方が、世の中苦しいモンだよな」

「ッ…、」

「…平等こそ、欧州発展の原動力だった。俺だって自由になろうと思ってこれからそうするんだ。お前がそうなっちゃいけない理由なんてない。生まれながらに平等だとフランスが定義したから、今の世界があるんだ」


ボロボロとギャラハッドの目から綺麗な水滴が零れだして、唯斗はその目元に指を滑らせる。生暖かい涙は、涼しい風によってすぐに冷えていく。声もなく涙を零すギャラハッドをそっと抱き寄せれば、ギャラハッドは唯斗に縋るように抱き着いて涙を流した。
これまで、いったいどれだけの感情を押し殺してきたのだろう。20歳は立派は大人だ。しかし、ここに至るまで、ずっと早くにギャラハッドは大人になることを迫られた。それは唯斗も同じだったけれど、唯斗はギャラハッドのように優しくはなかった。自分のために生きられた。誰一人周りに優しい人がいなかったから、吹っ切れられた。
ギャラハッドを支える祖母の優しさに応えたいという優しい気持ちがあるからこそ、父の境遇に同情する誠実さがあるからこそ、ギャラハッドはつらいのだ。


しばらくそうしていたが、5分ほどして、ギャラハッドは目元をこすりながら体を離した。


「…すみません、恥ずかしいところをお見せしました」

「まぁ、こう見えて年上だからな。こう見えて」

「…慣れてるって言ってましたよね」


根に持つかのような言い方にギャラハッドは薄く笑い、唯斗も小さく笑った。
そして唯斗は年上だからこそ、きちんと現実的な話もしてやらなければならない。席に戻ったギャラハッドにティッシュを渡してやりながら、唯斗はそれを切り出す。


「それにしても、父親の、ランスロットだっけ?その人に責任取らせないといけないな。きちんとレンヌとパリ両方に話通して、もう少しギャラハッドに選択肢が与えられるようにするべきだ」

「そう、なんですけど…」

「多少脅迫まがいになってでも言うべきだけど…難しそうか?」

「父の連絡先そのものは知ってますが、自分から連絡を取ったことも連絡をもらったこともなく…」

「まぁ、代わりに俺が脅してやってもいいけどな」


冗談半分でそう言うと、突然ギャラハッドは顔をこちらに向けて「本当ですか!」と前のめりになった。まさか本当に唯斗とランスロットを会わせようというのだろうか。


「一応、僕を気にかけてくださっている父の知人がいるので、意思疎通を前もって行うことは可能です。会って話したいことがあって、同席させたい人がいると言えば問題ありません」

「マジか…そこまで乗り気になるとは」

「ほとんど話したこともない相手を父親と思うのも難しくて…でも事実父親で。そういう微妙な距離感が煩わしかったんです」


確かにそれなら他人の方がいっそマシか。唯斗も自分の父親を、見た目以外に父親だと思える要素がなく微妙な立場の男だと認識していた。


「…ちゃんと、いざ自由にしていいってランスロットに認めさせた後どうするか考えておけよ」

「それはもう、というか今できたものですが、あります」

「へぇ?」

「自由にどこにでも行けるのなら、他の人と同じようになれるのなら、僕は最初に日本に行ってみたいです。あなたの国へ。忍がいるんですよね、京都でしたっけ」


そんなコテコテの日本像を語るギャラハッドは年相応の笑顔を浮かべていて、何かを嫌だと否定するのではなく、何かをやりたいと肯定するようになっただけで、これだけ変わるのだと分かった。

ギャラハッドは、旅先で出会っただけの唯斗だからいろいろと話すことができたのだろう。それはただの行きずりの関係でしかなかったはずだった。しかしそれでも、彼は唯斗に影響されて前を向いている。

やっと、前を向けたのだ。

それならば、唯斗も大人として覚悟を決めるべきだ。たった5歳、されど5歳だ。特に失うものがあるわけでもないどころか、これから欧州を離れようという無責任な立場だが、責任の負い方というものは様々だ。それをランスロットに示してやる必要があるだろう。



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