Égalité−6


市街地南西部には広大な畑に森が点在する平野が広がっており、その先はベルギー、そしてフランスとの国境となる。国境と言ってもシェンゲン協定によって国境が自由化されているため、ただの境界でしかなく、国境と分かるものなど存在しない。

そんな平野部をひたすら車で走る。あまり走るとベルギーに入ってしまうため、適度に曲がって広大な田園を駆け抜けた。暑さもあって窓を開けているが、爽快な風が吹き付けてきて、音楽のない走行音だけの車内でも、それぞれが沈黙を楽しめた。
ギャラハッドもフランスの田園と似ているようで少し違う光景をじっと眺めていて、風によって前髪が揺れて両目が見えるようになっていた。何を考えているかは分からない。何も考えていないかもしれない。しかしそれで良かった。

1時間半ほど車を飛ばしたところで、唯斗がたまに訪れる小高い丘にやってきた。田園地帯のど真ん中にあるなんでもない丘で、丘の大部分はどこかの農家の果樹園となっている。しかし斜面の途中で道路の一部が拡張されており、チェーンをタイヤに設置することなどを目的とした退避スペースとなっている。バカンスシーズンでなおかつ夏ともなれば使い道はなく、そこに車を止める。農作業をしている農家の姿もなく、閑散とした無人の丘は平野を見渡すことができた。


「見晴らしがいいですね」

「そうだろ。たまに来るんだ…ずっと、潜在的にこういう開放的なところを求めたんだろうな」


エンジンを切って、窓を開けたままにする。日差しはあるが、風も涼しいものが吹き付けてくるためあまり暑くない。唯斗は座席をリクライニングして、窓の外に広がる平原を眺めた。茶色や緑の混じった田園に点々と森や林、集落が点在する。ここからは別の丘に隠れてルクセンブルク市の街並みは見えない。


「唯斗さんも、こういう場所が必要だったんですか」


それは遠回しに、閉塞感に苦しむ思いをしていたのか、という質問だ。


「…あぁ。俺もな、ギャラハッド。ドルの家では、アジア系だからって、伯母からきつく当たられてたんだ。母は俺を生んだのと同時に亡くなって、父は俺をいないものとして振舞った。父と伯母とドルの屋敷に暮らしてたけど、伯母は保守的な人間だったから、半々の血だった父はともかくほとんどアジア人だった俺は我慢ならなかったらしい」

「…僕と、同じだったんですね」

「そう。でも俺に逃げ場はなかった。耐えるしかなくて、結局自分で勉強を重ねて、日本で一人で生きていくためにフランスから逃げた。でも日本も合わなくて、それを日本の社会のせいにして、日本からも逃げてこの国に来た」

「誰も、助けてくれなかったんですか。子供なのに」

「残念ながら。高校生くらいなら一人で生きられるって思って、16で日本に移って日本の高校と大学を出たんだけど、日本の会社で働きたくなくて、結局は日本からも逃げた。そんな理由だったから、ここで働き始めてからも、なんとなく不満で、それでこうしてここに来てた」


目を伏せるギャラハッドは恐らく、自分と比べてもっとひどい目に唯斗は遭ったのに、というような類の反省をしている。しかし、唯斗からすればギャラハッドも大概ひどい目に遭っている。というか、比べるものではない。


「…俺はさ、それでも幸運だったよ」

「幸運…?」

「この街に来て、つい最近、同じ境遇のヤツに会った。そいつもパリ生まれで、親に決められた道を強制されることが嫌でオランダに逃げたけど、結局逃げられないって悩んでて。そいつと話すうちに、俺たちにとって本当の気持ちは、何かが嫌だってことじゃなかったんじゃないかって気づいた」


唯斗は窓の外からギャラハッドに視線を移す。こちらを真剣に見つめるギャラハッドは言葉を待っていた。


「…俺もそいつも、本当は、ただ、自由になりたかったんだ。自分の足で歩きたくて、誰にも煩わされずに生きたかった。それを、親が嫌だ、国が嫌だって言ってただけだった。だからこれから先、そうやって逃げるんじゃなくて、やりたいことのために前へ進もうって決めた」

「逃げるんじゃなく、前に…」

「その話の流れで、なんとなくの俺のやりたいことだったんだけど、日本でカフェを開くってことになった。そいつと二人で」

「え、移住するんですか」

「そういうこと」

「それは……とても、羨ましいですね。自分で、自分の道を生きるんですもんね…」


力なく項垂れたギャラハッド。唯斗は、再び目を隠す前髪をそっとかき上げた。ギャラハッドは驚いてその瞳をこちらに向ける。


「隠すな。ちゃんと言った方がいい。自分が本当にやりたいこと、自分の本当の気持ちや願い。ちゃんと口に出すんだ。それが、大事な一歩なんだと思う」


目を見開いたあと、ギャラハッドは前髪をかき分けた唯斗の腕を小さく掴む。開いた窓から風が吹き込んで、風が田園を駆け抜けて果樹や葉を揺らす音が響く。


「……もっと、広い世界が見たいです。自分の足で、どこまででも行きたい。自分の力で、自分の前に道を作って歩きたい」


ささやかな、しかししっかりとした声でギャラハッドはそう言った。きっと、親や大人に翻弄されて、傷つきながら生きてきたギャラハッドは、自分で何もできないままならなさを抱えていたのだろう。だから、「自分には正義感しかない」と言ったのだ。あの卑屈な言い方には、自分だけでは自分のことすら決められないもどかしさがあった。

少しでも遠くへと願って、結局TGVで一本のルクセンブルクにしか来れなかった自分が嫌だったのだ。



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