brise de printemps 3−1


「着いたなぁ〜!やっと3か国目だな!」

「チリは長かったな」


カルデアを脱出して12日目。
唯斗とシャルルはチリ国境を越えてペルーに入り、古都アレキパに到着した。朝にチリ北部の都市イキケを出立し、慣れたように迷彩機能で国境をステルス通過してから、10時間の走行を経てここに至る。

人口90万、世界遺産に登録された古い町並みが美しいこの都市だが、すでに18時を回っているため人もまばらだ。

先ほどホテルのチェックインを終えた二人は、もう一度外の駐車場に出て、これからスーパーに向かうところだ。


「…寒いな」

「大丈夫か?ホテルに残ってるかい?」


標高2300メートルの高地にある都市だ、夏とはいえ夜の気温は10度前後になる。乾燥していることもあって寒さが感じられ、唯斗は捲っていた長袖シャツの袖を戻した。


「いや、いい。とっとと買い物済ませよう。煮込み系にするかな」

「いいな。じゃあ行くかー」


シャルルは唯斗の肩を抱いて歩き出す。すぐそこの車までだが、シャルルの半そでシャツ越しの温かさがすぐに感じられて、寒さが和らいだ。
思わず自分からもくっついてしまうと、シャルルは少し心配そうにする。


「本当に無理すんなよ?」

「大丈夫。なるべくシャルルと一緒にいたい…なんて、24時間一緒にいるのに変な話だけど」

「ん〜今日も唯斗が可愛いぜ!」


なんともバカップルのような会話だ。とはいえ、マスターとサーヴァントという関係性は本来有限のもの、刹那の関係である。二人は例外的にずっと一緒にいることになっているだけだ。もともと別れを、それも時計塔に処分されるという凄惨な最後を想定していた唯斗には、これからずっと一緒なのだと理解していても、この一瞬をもったいなく感じてしまうのだ。

つい一昨日、アタカマ砂漠の星空に、やっと自分が生きている、人生を送っているのだと実感できたばかりの唯斗には、まだうまく、「大切な時間」とやらの扱い方が分からない。そのためこの三日ほど、思ったよりシャルルに甘ったれた態度をしてしまった節がある。
思い返せば恥ずかしいものの、シャルルはひとつひとつを今のようにニコニコ顔で受け止めてくれているため、とりあえず唯斗は、時間の流れに身を任せて、内側から出てくる感情を自然に外に出すことに努めている。
そんな唯斗をシャルルも理解してくれているようで、唯斗が自分の感情や感傷をうまく処理しようとするのを、自然な言葉や態度で手伝ってくれていた。

車に乗り込んで、シャルルはスムーズに駐車場から発進する。オレンジの街灯に照らされた車内からは、市街地の様子や、この街を象徴する山の様子は分からなかった。


「なんか気になる?」


唯斗の様子にすぐに気づいたシャルルは、交差点でハンドルを回しながらちらりと唯斗を見て尋ねた。


「あー…うん、ここ世界遺産の街でさ。ミスティ山っていう大きな火山が見られるんだ。ちょっとだけ旧市街を見たいなって」

「じゃあ朝にちょっと旧市街の方まで出てみるかぁ。しっかり観光してもいいと思うけど?」

「や、明日はイーカまで12時間かける必要がある。朝に一瞬見られれば十分だ。遅くにイーカに着く方がしんどいし」

「そっか。よし、なら明日は早起きだな!」


食い下がることはせず、あくまで唯斗に選ばせてくれるシャルル。何がしたい、何が食べたい、そんな唯斗の意思を聞き出して尊重してくれるのである。
こういうふとした瞬間に、好きだな、と思ってしまう。


「…晩飯、何がいい?」

「やっぱポテサラかなぁ。トマト系の煮込み料理にしてさ、一緒に食べるとうまいんだよな。唯斗の味付けのポテサラと相性よくて」

「じゃあ鶏肉のトマト煮にしようか。ガーリックトーストとかもつけて」

「最っ高だな!」


こんな些細なひと時なのに、これまで無為に過ごして来た人生のすべてを足しても敵わないほどの充足を感じる。
まだ12日しか経っていない逃避行だが、唯斗はそんな一瞬を重ねていることに、どうしようもなく満たされていた。



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