brise de printemps 3−2


いまだに消えた2016年問題の混乱が冷めやらぬ世界だが、目に見えるものが一切変わっていないとなれば、多くの人々は徐々に平静を取り戻している。これまで訪れた都市もそうだったが、この地方都市もそうで、南米の人々の気楽な価値観もあって特に問題はなさそうだった。

今頃カルデアはどうなっているのか。もう査問団が来ているのか、代わりの人材は来ているのか、凍結されたマスター候補たちは無事に回復しているのか、藤丸やマシュはどうしているのか。
ここからは何も分からないし、追手の魔術師の気配もなく、もはや唯斗たちとカルデアとのつながりを示すものは、ダ・ヴィンチがつくってくれたこの車だけだ。

翌朝、その車の軽い整備も終えて二人は旧市街に徒歩でやってきた。

人の姿はあまりないが、普通のTシャツとジーンズ姿のシャルルはまったく違和感なく旧市街の光景に馴染んでいる。
礼装でなくなって久しい唯斗も、朝の寒さでカーディガンを羽織って、体温調節が服装でしかできない不便さを感じながらシャルルの隣を歩いていた。


「寒くない?」

「さすがにちゃんと着てるから大丈夫だって」


気温は10度を下回っているだろう。赤道に近い夏の南米とは思えない気候だ。

そうしてやってきたアルマス広場は、すでにちらほら観光客の姿があった。旧市街の真ん中であり、アレキパ大聖堂の威容がそびえる。


「おー、すげえな。全体的に白いんだな」

「このあたりの石灰岩を使ってるんだ。旧市街は石灰岩でできた建物が多くて、全体的に白い景観になってる。別名、白の都。この街の特徴だな。2001年の大地震で壊滅したあと、同じ石灰岩で復興したんだ」


青の都といえばウズベキスタンの古都サマルカンドだが、白の都はここアレキパだ。もちろん、青い街や白い街はあちこちにある。モロッコやギリシャが有名だ。しかしそれらは地方都市に過ぎず、都市としての重要性がそう高くなかった。
サマルカンドやアレキパは首都として活躍したこともある由緒ある大都市だ。ゆえに、都と呼ばれる。


「あのちょっと見えてるのがミスティ山?」

「そうだと思う。もう少し見えやすい展望台が川の向こうにあるらしい、ちょっと歩くけど行っていい?」

「もちろん!つか、俺たち北米やメソポタミアを歩き回っただろ」

「確かにな」


これまでの旅を思えば、30分の徒歩くらいどうということはない。そもそも唯斗は強化魔術で疲れないし、シャルルに至ってはサーヴァントだ。

そうして、白い旧市街を抜けてチリ川を渡り、対岸の高台の方へと向かっていく。あれこれと南米の歴史の話などをしつつ、二人はすぐに有名な展望台ミラドール・ヤナウアラに到着した。ミラドールはスペイン語で展望台を意味する。

アーチ状が連なる白い壁があり、そのアーチの向こう側に旧市街、そしてその先の雄大なミスティ山が一望できる。


「おお〜、あれがミスティ山ってやつか!」


シャルルはテンションを上げて、アーチのひとつから市街地を眺める。アーチの間に渡された柵に手をついて、市街地の向こうにそびえる山を見つめた。
唯斗も隣に立って、ミスティ山の威容を眺める。白っぽい街の向こうに、朝日に照らされて青空に屹立する、まるで富士山のような山があった。山だけを切り取った写真を日本人に見せれば、全員富士山だと言うだろう。


「…あの山さ、俺の故郷の、日本を象徴する火山と見た目も高さもほぼ同じなんだ。富士山っていうんだけど」

「富士山…あー、今情報降りてきた。うん、確かに似てるな」


聖杯からの情報で、シャルルも富士山が脳裏に浮かんだらしく、もう一度ミスティ山を見て脳内の富士山と見比べる。


「マジでそっくりだな。こんなことあんのか」

「成層火山っていう、噴火の仕方が同じ火山なんだよ。噴火の仕方が同じ火山は見た目が似ることも多い。だから一度見たかったんだ。ほら、俺、たぶんもう日本には帰れないから」

「唯斗…」


日本は魔術協会が強くない国だが、それでも帰国すればすぐに見つかってしまう可能性が高い。リスクを避けるため、唯斗は日本やフランスには帰れないと思っている。


「別に日本もフランスも、良い思い出なんてないし、どうでもよかった。なのに、グランドオーダーを経て、どっちも大事な故郷だったんだなって思えるようになった。初めて、もう帰れないっていう事実が、少し残念に思えたんだ。それも故郷を大切に思えるようになったことの裏返しだから、悪いようには感じてないけどな」

「そっか。あの山に、大事な故郷のことを感じたかったんだな」

「うん。だから見られてよかった。ちょうど朝日に照らされてるのも良いな」

「日が昇る国、だもんな。本当にもう少し滞在しなくていいのか?」


シャルルは唯斗があの山を見たがっていた理由を知って、改めて聞いてくれた。唯斗は笑って首を横に振る。


「いいんだ。確かにもう帰れないけど…シャルルと新しい場所に行く方が大切だし。シャルルの隣が、俺の場所だから」

「…そっか。俺も、ただの伝説だ、フィクションのシャルルマーニュには、アリスタルやアーヘンは故郷じゃない。なら、唯斗の隣が俺の居場所だから、同じだな」


シャルルもそう言って快活に笑う。朝の光が白い壁に反射しているが、シャルルの笑顔の眩しさには敵わない。

そうして、唯斗はミスティ山に背を向けて、次の街へ向かうためにシャルルと歩き出す。
今更感じる郷愁は、朝日の中に置いていく。



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