brise de printemps 3−25
その後、唯斗はなんとか車を転移させ、大きさや魔力を用いたものであることもあってだいぶ疲弊しつつも、車に乗り込んで高速道路へと向かった。
シャルルが運転する隣でしばらくの間ぼんやりしていたが、シャルルに急にキスされたことで魔力を移され、今ははっきりしている。
現在、車はニューメキシコ州のラスクルーセスを過ぎたところ、州間高速道路25号を北上していた。
気温は20度前後、荒涼としたステップ気候であり、本来は2月に入った真冬であっても太陽が照り付ける。
目的地はニューメキシコ州最大の都市アルバカーキであり、そこで少し滞在して、ニューヨークなどのある東海岸に行くかロサンゼルスなどのある西海岸に行くかを決めるつもりだ。
「お、休憩所ある。トイレ寄る?」
「そうだな、次の街まで少しあるし」
いったん、I-25休憩所に立ち寄り、車を停める。パーキングエリアのようなものだが、売店などはない。トイレと喫煙所だけがあるような簡易な場所だ。
トイレを済ませて、敷地の端から目の前に広がる広大な大地を眺めていると、隣にシャルルが伸びをしてからやってくる。
「なんか、パタゴニア思い出すな」
「ん、あぁ…確かに、同じような気候だしな」
すると、シャルルは目の前に広がる地平線にそんなことを言った。唯斗も辺りを見渡して頷く。
パタゴニアほどの水平ではないものの、十分に平らなステップ砂漠が延々と広がる大地。地面と空に視界が二等分され、大地を切り裂くように真っすぐな道路が続く。大地の向こうには国立公園の山岳地帯が霞んで見えていた。
晴れ渡る青空には太陽が輝き、見た目より涼しい冬の砂漠を照らしている。
「あれから色んなもの見たよな。パタゴニアの地平線、サンティアゴのビル、アタカマの星空、アレキパの白い街と山、トルヒーヨの遺跡、キトの赤道線、パナマ運河の閘門…考えてみたらすげーことだよな」
「本当にな。ここまで1か月ちょっとだったわけだし」
「…アタカマで言ったようにさ。唯斗も俺も、この大陸縦断の旅で『生きてる』って感じた。唯斗はグランドオーダーを終えて初めて人生が始まって、俺はフィクションの英霊でも唯斗と共に生きてる」
乾いた風が吹き抜けて、Tシャツの上に羽織っていたシャツを揺らす。シャルルの言葉に、唯斗はせっかく米国に着いたということもあって、訂正することにした。
「…シャルルはフィクションじゃないよ」
「フィクションじゃない、っていうのは?」
シャルルは唯斗の言葉に意外そうにした。地平線からこちらに視線を移すのを感じるが、唯斗は雄大な光景を見つめ続ける。
「確かに史実のカール大帝とシャルルは違うのかもしれない。でも、フランスもベルギーもドイツも、現代にいたるまでシャルルマーニュ伝説のゆかりを巡って、自治体どうしで喧嘩したり観光を促進したりしてるし、これまでだってシャルルマーニュに伝説の王として、様々なものを願い託してきた」
唯斗は右側に立つシャルルを見上げる。その紺碧の瞳は、青空よりも青かった。
「…フランスは、ずっとシャルルと生きてきた。欧州は、ずっとシャルルに憧れてきた。その歴史も文化も想いも、嘘じゃない。偽物じゃない。何より今この瞬間、俺がシャルルの隣を世界で一番大切だと感じている気持ちは、フィクションじゃない」
「唯斗…」
「パタゴニアの地平線からアメリカの大地まで、ずっと一緒に見てきた世界の景色は本物だ。それに俺たちはずっと心を動かされてきた。その感情は決して作り物じゃないんだ。それならシャルルだって…フィクションなんかじゃ、ないんだよ」
シャルルは唇を引き締めると、堪えるように唯斗を抱き締めた。その肩口に顔を埋めて背中に腕を回す。
誰もいない休憩所には、二人の息遣いを荒野の風だけが攫っていく。
「ずっと冬だった俺の人生に春をくれたシャルルが好きだ。愛してる」
「俺も、俺も愛してる、唯斗…っ!」
唯斗が初めて人間らしくなれたカルデアから逃れ、初めて人生を感じられるようになった逃避行も終わった。
ここからは、新しい生活が始まる。
二人の春が、始まったのだ。