アンデスの一時−2
アセタゾラミドは本来、前日までに飲んでおくべき予防薬であり、登山し始めてから飲んでもあまり効果はないが、到着後3日間ほどは服用が推奨されるため、向こう数日を考えれば必要なものとなる。
ただ、唯斗は一般人ではない。
「一度症状が引けば、魔術回路である程度は予防できる。この車も水陸両用で密閉されるから、中の空気圧の調整ができるようになってるしな。工夫で凌げるよ。薬だけ、クエンカから先でも使うから買っておきたい」
「分かった。多分あれが薬局だから、俺買って来る」
シャルルは車を停めると、唯斗の頭を一撫でしてから車を出て行った。もう少し休んでいろ、ということだろう。
水を飲んで、背もたれに凭れる。ここで薬を服用して、もう少し休憩しておくべきだろう。魔術回路で調整するにしても、スタート時の体調をある程度回復させる必要がある。
少しして、シャルルが戻ってきた。無事に薬を購入できたようで、車を発進させて町を出ると、パンアメリカンハイウェイに戻る前に適当な道端で停車する。
「じゃ、薬飲んで少し休もうぜ」
「ん、分かった」
唯斗はシャルルに渡された薬を飲んでから、フラットにしてある後部座席に移動する。シャルルも一緒についてきて、先にシャルルが横になった。
まだ外は明るいが、この車の窓は遮光性があり、当然外からも中が見えない。フロントガラスと運転席・助手席の窓には日よけのカバーをかけておき、外からは中がまったく見えない状態になっていた。
薄暗くなった車内、シャルルがごろんとシートの上に横になったため、唯斗はあえて、シャルルの胸板に頭を乗せるようにしてくっついて、左側で横になった。
「寝づらくねぇ?」
「休むだけだからいい。ぶっちゃけ寝れるし。だめ?」
「だめなわけねーだろ?今日も唯斗が可愛いぜ!」
シャルルはそう笑うと、胸元に頭を乗せていることで中途半端な姿勢になっている唯斗を左腕で支えるようにして抱き締め、右手で頭を撫でてくる。
「…本当に焦った。あんな体調悪そうなの、グランドオーダーのとき除けば初めてだったしさ。高山病って分かるまで何が起きてるかも分からなかったし」
「ごめん、俺も完全に失念してた」
「俺もきちんと下調べしとくんだった。陸路で移動する人は高地に慣れてるから、注意喚起も薄かったんだな」
旅行者は普通、空路でやってくるため、空の便では注意喚起があることも多い。それでも、クエンカやキトの空港は多くの乗客が到着後に体調を崩す。
シャルルは一瞬沈黙してから、ぎゅっと抱き締める力を少し強くした。
「第六特異点のときみたいに、何もできねーのは嫌だった。成すすべなくあんたが苦しむところを見るのは絶対に嫌なんだよ」
今となっては懐かしい、お互いにどう接すればいいのか分からず距離がどんどん空いていく中で、ガウェインとの戦いで唯斗が死を覚悟したときだ。あのときシャルルは必死に唯斗の名前を叫んで、そして、強引にキャメロットへのレイシフトを強行してくれた。
「うん。でもあれ以来、シャルルがそばにいてくれる。こうやって一緒に旅してる。これからも一緒だって信じられる。そうだろ?」
「…ん、そうだな。グランドオーダーでの苦しい思い出も、今に至る大事な過程だったもんな。とりあえず、魔術回路があるとはいえ、体調には気を付けねーと」
「そうする。とりあえず、ちょっと仮眠取るか」
「おう、おやすみ、唯斗」
シャルルに頭を撫でられる心地よさに目を閉じる。
どんなことも、二人の間であったことなら思い出として積み重なっていく。それが生きるということなのだと、唯斗はこの旅で学んだのだ。