長編番外編−100倍返し2


あまりに甘やかな声音でそう言われてしまえば、もはや唯斗には抗うすべなどない。体の力を抜くと、唯斗が受け入れたことを理解して、アーサーは部屋を出て廊下を歩きだした。

夜遅い時間ということもあり、さすがに出歩く者の姿はない。電力炉を有していたカルデアと違い、ノウムカルデアはエネルギー供給の観点から、昔ほど多くのサーヴァントを常時召喚させているわけではないということもある。

すぐに薄暗い食堂に着くと、アーサーは唯斗を抱いたままカウンターに向かう。幸い、中にはエミヤだけがおり、ブーディカなどに微笑ましく見られていたたまれなくなることはなさそうだ。


「おやマスター、夜のデートかね。なかなか大胆になったものだ」

「まぁ、ローマのあとみたいな初心なリアクションはもうしねぇな」

「唯斗は今日多忙だったからね、夕食をとり損ねたんだ。この時間でも食べられそうなものを用意してくれないだろうか」


エミヤの皮肉も慣れたもので、唯斗も同様に返す。アーサーは続けてエミヤに来訪の目的を告げ、エミヤは片眉を上げる。


「けがや体調不良はあるのかね?」

「そういうんじゃない、ただめちゃくちゃ疲れただけ」


そう答えると、エミヤは心得たようにすぐ準備を始める。片付けていたところだろうに申し訳ない。
しかし気にした様子もなくエミヤは鍋を用意しながら苦笑した。


「疲労困憊のマスターを見かねてその状態ということか。かの騎士王は恋人をそのように甘やかすのだな」

「1甘えたら100甘やかされた感じだな」

「フッ、そうか。まぁ、100で済んでよかったじゃないか。気を抜くと、スプーンを口に運び歯磨きまでされてしまいそうだ」

「?もとからそのつもりだったけれど…」


冗談めいたやり取りをしていたところ、アーサーはそんなことを口にした。100では済まない予定だったということが分かり、唯斗とエミヤは顔を見合わせる。これはきちんと牽制が必要だ。


「…アーサー、さすがにそこまでしないでくれ、余計に疲れるから」

「そうか、残念だ。君がそう言うなら我慢しよう」

「それはもう介護の領域だぞ騎士王…」


エミヤの言う通り、そこまで行くともう生活介護の域に入っている。そこまでしなくても、と少し引いてしまうと、アーサーは唯斗を椅子に座らせながらにっこりと王子様スマイルになる。


「君のすべてを僕が管理できるなら、それはそれで、君のすべてが僕のものになったようで気分がいいよ。しかし人には尊厳があるからね、君が預けたい分だけ僕にくれれば…預けてくれればいいさ」

「基本的人権がなくなるレベルで甘やかされるところだったのか…」

「俺ならきちんと自立を促すがね。調味料と同じく、何事も適量だろう」


なぜかいつの間にか危ういところにいたと唯斗がぞっとしていると、エミヤが鍋を持ってきてくれる。魚介スープのようで、匂いだけで食欲が刺激された。
エミヤの言葉に、アーサーは一瞬こそむっとしたが、すぐに切り替える。


「否定はしないよ。しかし、唯斗はベッドでは僕に支配されることを「おいこら」おっとすまない」


そして何を言うかと思えばこれだ。会話で意識がはっきりしてきたことや、おいしそうなスープで食欲を刺激されたこともあり、唯斗はアーサーの固い腹筋を軽く殴ってからスプーンを手に取る。
エミヤは呆れてため息をついてから、「甘やかしついでに、使った食器を洗って乾燥棚に置いておくように」とアーサーに言いつけて食堂を出て行った。

広い食堂には二人きりとなる。アーサーはウォーターサーバーから水をとってきてくれて、ついでに唯斗の隣に腰掛ける。


「いろいろと冗談は言ったけれど、今日こうして頼ってくれて嬉しかったのは紛れもない事実だ。いつでも甘えてきてくれていいからね」


先ほどの言葉がどこまで冗談だったのか、唯斗には疑問だ。ほとんど冗談ではなかったように思う。その気になれば唯斗の生活すべてを掌握できるだろう。
ただ、なるべく対等でいたいという唯斗の意思を、アーサーは最大限尊重してくれている。


「まぁ、毎日こんなんすることはねぇけど…そうだな、たまにはこういう日があってもいいかもな」

「三日に一度でも二日に一度でも構わないよ」

「ほぼ毎日だろそれ…」


最後は茶化して会話を終えてくれるところも、唯斗は気負わなくていいようにするアーサーの配慮だ。いや、わりと本気で二日に一度でも構わないと言っているだろうが、これが二人のコミュニケーションの形なのである。

こうやって寄り添ってくれる人がいる、それだけで唯斗は、また踏ん張れる。



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