長編番外編−100倍返し


中国以降のどこか

なぜか様々なことが重なって、やたら忙しくなる日というのがある。
それはカルデアでも同じことで、ちょうどその日、唯斗はメディカルチェックや礼装の調整、レイシフトの報告書、サーヴァントの霊基調節など、マスターとしての仕事がなぜか一日に重なってしまった。
立香に頼むわけにもいかないようなことばかりで、もともと立香に頼むという選択肢もなかったとはいえ、ワンオペ業務が集中していることには舌打ちを何度かしてしまうほどだった。

そしてそんな日に限って面倒ごとが起きてしまうもので、立香がレイシフト中、いつも通り爆発四散した虞美人のせいで失神したシェヘラザードが倒れた先にいたパラケルススが衝撃で落とした謎の薬品が宝具を準備していたアシュヴァッターマンにかかり怒りのあまり宝具が暴走して立香が魔力切れで倒れる、という事件が発生した。
パラケルススはアシュヴァッターマンの宝具の衝撃波で戦闘不能となり、「まさにシルクロードピタゴラスイッチ」などと大してうまくもないことを言い残してカルデアに退去。アシュヴァッターマンもパラケルススの謎の薬品のせいで動けなくなり強制退去させ、霊基の確認を要することになった。
残されたのは気絶した立香とシェヘラザード、そして爆発四散ほやほやの虞美人だけという状況となってしまい、急遽、唯斗が増援としてレイシフトを行った。

小特異点そのものは早々に解消でき、立香にも問題はなかったが、思わぬ時間を食ってしまったことで唯斗の業務は夜遅くまで続き、結局、22時過ぎにようやくシャワーだけは済ませられたところだ。


「おや、マスター。ようやく戻れたんだね、大丈夫かい?」

「あー…まぁ、なんとか」


シャワーを終えて服を着たところで、アーサーが唯斗の部屋に入ってくる。アーサーにはこの部屋をいつでも入退室できるよう設定しているためそれ自体は珍しくないが、この時間にようやく顔を合わせたのは珍しいかもしれない。


「夕食は取れた?」

「や、まだ。かろうじてシャワーするので精一杯だった」

「それはいけないな。お腹はすいているだろう?」


小食の唯斗でも多少は空腹を覚えているものの、今はそれよりも圧倒的な疲労感が勝っている。空腹ではあるが食欲はない、という状態だ。
そもそも、これから髪を乾かして、体を悪くしないためのストレッチもやって、寝る準備もして、と、仕事ではないやるべきことが控えている。その気力も怪しい状態で夕食のことを考えるのも億劫だった。


「んー…」


疲労の蓄積は好ましくない。思考を散漫にして、普段なら言わないようなこと、やらないようなことも、表に出してしまう。
そう、それほど唯斗は疲れていた。

唯斗はふらりと一歩踏み出すと、アーサーに正面から抱き着く。肩に頭をのせて体重を預けると、アーサーは自然に唯斗を抱きしめる。その温もりに安心したからか、余計に気が緩む。


「…全部めんどい。アーサーがやって」

「ふふ、そうか。うん、わかったよ。すべて僕に任せるといい」


アーサーは小さく笑うと、唯斗を抱き上げてベッドに向かう。アーサーがベッドのふちに腰を下ろしてから、唯斗を横向きに抱きかかえ、ドライヤーをベッドサイドの引き出しから取り出してコンセントにつなぐ。
体の右側で寄りかかっているため、アーサーが動くたび、胸筋が動くのが分かる。胸板にすり寄ると、またアーサーの小さな笑いが頭上から降ってきた。どういう意図か聞きたい気もしたが、ドライヤーの大きな音が始まると、それを超える声量で尋ねるのも面倒になり、口を閉ざした。

アーサーは極めて丁寧に唯斗の髪を乾かしていく。熱くならないよう位置を変える頻度は高く、髪を整える指先はひどく優しい。ずっと頭を撫でられているかのような感触と温風の心地よさによって、急に眠気がやってくる。
このまま眠るのは世界で一番幸せなことなのではないかと思うほどだ。

しかし完全に落ちる前に、ドライヤーは冷風になり、髪を冷ましたところでドライヤーの音が途絶える。急な静寂は大きな音のように意識を呼び覚ます。


「さて、こんな時間とはいえ何も食べないわけにもいかない。スープか何か、軽食でももらいに行こう」

「えー…」

「大丈夫、君は歩く必要はないよ」


そう言うと、アーサーはそのまま立ち上がる。当然、唯斗を抱きしめていたため、いわゆるお姫様抱っこのスタイルで抱き上げられていた。
折に触れてこういう姿勢をさせられてきたため、今更どうということはないが、いよいよこれはアーサーに任せすぎなのではという罪悪感のようなものが沸き上がる。


「…、やっぱ歩く」

「なぜ?疲れただろう?」

「でも恋人とかサーヴァントとかである前に騎士王だろ、さすがに…」

「騎士王やサーヴァントである前に、君の恋人だからね。優先順位が違っているよ、唯斗。気にせずすべて任せて」



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